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ちゃんとしよう
政治家がよく使う「きちんと」「きっちり」

という言葉を聞くたび、

耳障りに感じます。


ベテランや長老になれば、簡略化や独自化も許されるけれど

半人前で理解の乏しい者は、規則通り正しく行うべきです。


普段は省略しても構わないけれど、

ハレの時や場所では、正式なやり方をするべき。

そういうことは、いろいろなことで見られます。


作法所作に厳しい人とそうでもない人、

正しいことを追及する人と、そんなことに関心が薄い人がいますから、

どちらでも良いのでしょうが、

自分流に勝手に解釈して、

それを正当化するのは感心しません。

どうしてそうするのか、そうなったのか、

何も知らず、そうすることもできないのでは、

何をやっても良いことになり、意味がない。

それなら、何もしなくても良い


トラブルの原因は、そのあたりに無いだろうか。



護摩は千回位修法すると、大分納得できるものがあります。

真言も、10万回位唱えると、

その意味と内容が少し分かります。

ただし、

なぜそうするのかをしらず、自分流で行っていては何もわからない。


本来はこうである、

それをわかったうえで、やりやすいように、無駄のないように改良する。

ちゃんとしたほうがいい。

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[ 2019/07/06 05:42 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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