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一字金輪呪を考える
一字金輪は、

ボロン(bhrūṃ) の一字を真言とする、

もしくは、

全ての功徳がこの一字に帰入するもので、

金輪仏頂尊を尊格とします。

真言宗ではポピュラーな真言で、

五百里内において余の尊法を修行するものの功徳をよく招き集める

とされています。

『中院流の研究』には、

日輪出でて多くの星の光を奪う、その如く

行者の願うところを成就せんためにこの真言を加え誦する

吾我は有であると考える塵垢を損減して、大我に帰一せしめようとするの字

と解説されています。

中川先生の『撮要』には

一字金輪の真言を誦するのは、当尊の真言の悉地成就のため

『金輪王佛頂要略念誦法』などに説かれ、

いたるところにおられる諸仏に帰命いたします

の意

とあります。

『別行次第秘記』の記述もほぼ同じで、 

一字近隣の真言は、これ当尊の悉地、速疾成就のためなり

一字金輪雄後に佛眼の真言を唱えることは『奇特佛頂経』にある。



金剛界(智慧)の大日如来が、

胎蔵(慈悲)の月輪に住するのを金輪と名づけます。

大日如来は、

金輪三昧に住し、月輪に居して、

愚かさの迷いである闇を照らし、

衆生イコール仏

と悟らせます。


口伝では

修法以外に、生活の中での使いかたが多く伝わっていますが、

拝むときのみでなく、

普段から常に唱えるものです。


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[ 2019/10/10 09:06 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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