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不良とバカの変遷
僕の小中高校時代には、

不良と、真面目と、その中間で両方と付き合える子がいました。

先生にも、

不良の標的にされる、

不良の暴走を止める、

不良と仲良くなる、

と種類がありました。

不良には徒党を組むものと、一匹狼がいて、

勉強して成績の良い不良もいたけれど、

不良の特徴は、常に反抗的な態度をとり、

いちゃもんをつけ、

便所で煙草を吸う。

宿直室や理科準備室で、いじめをする

最大の関心事はケンカ。

よその学校とケンカすることに燃えている。

修学旅行はケンカ旅行でした。

特別枠になると、

カツアゲ、万引き、シンナー。

あれから数十年、

シンナー以外のかつての不良はみな、

普通の会社員、普通のお父さんになり、

女房の尻に敷かれ、

町内会の行事にも積極的に参加し、

わが子の部活の応援は、特に積極的。

子どもから大人になったからでしょう。

これを成長という。


かつての不良のなかで、

特別なヤツが、プロの不良になったようですが、

不良(=子ども)がそのまま成長せず、

プロにもならず、

バカに変化する場合があるように感じています。


生物学の池田 清彦氏によると、

大学生の80%は大学に来てはいけないバカども。

高校の課程を満足に履修できる人は30%。

大学にいたってはせいぜい10%。

無駄だと思うのは、

少しでも硬い本を自ら進んで1冊も読む積りもなく大学に入学してくる人々。

この人たちの大半は、自分がそれに値する能力もないのに、

高校や大学や大学院に行くことを不思議と思っていない典型的なバカ。

日本の大学生の大半は知への憧れも畏れも皆無で、

自分が物を知らないことを恥じる気配がまるでないのみならず、

エゴだけは肥大しているから、意見は一応えらそうに言う

ゆとり教育によって「バカ化」に拍車がかかり、

さらにインターネットと携帯の普及に原因

の一端がある

と云う。

それを高島俊男は、

現在の「大衆社会」が、それまでのものと異なるのは、

以前は「バカが大学に入っている」程度で済んでいたものが、

「バカが意見を言うようになった」点である

と書いています。(『お言葉ですが』第8巻)


子どもは大人より知識も経験も少ないから、

大人から見ればバカと言えます。

子どもから大人になり、

バカから利口になる。

そうすると、

子どもがバカなことをするのは当然だけれど、

大人がバカなことをするのは、大人ではないと考えることもできます。

震災原発事故後、

インターネットと携帯によって増殖した、

事実とうわさ話を区別せず、

何より「自分で調べる」ことをしない(これこそがバカであろう)

情報がたくさん届きました。

あれはつらかった。

現代の、

大人の姿をした不良の事件を見聞きするのもつらい。
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[ 2019/08/19 05:45 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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