忍者ブログ


何を信じるのか
それは事実、もしくは事実と思われるものです。

ウワサを信じちゃいけない。

でも、

深く考えずに信じていることはたくさんあります。

病人が医療により安心するのは、

医療が病に効果あることを信じているから、

生活が金銭により安心するのは、
 
金銭が、富貴に効果あることを信じているからでしょう。

仏教で信じるのは、

修道の目標と修道方法です。

その内容は、経論仏典などに、

詳しく説明されているのですが、

それを行なえば必ずだれでもいつでも悟れるのだろうか。

でも、

医療や金銭と同じように、

それが効果ありと信じているから拝む、

という面があります。


人間は本来清浄である、仏の性質を持っている、

と云うのは事実でしょうか。

思い考えることは、過去の再生です。

初めて見るものも、

その色形大小などを、過去の記憶から引っ張り出してすり合わせます

DNAレベルからのものも、あるかもしれない。

 そして、

見たもの聞いたもの嗅いだもの触ったものなどの記憶が蓄積され、

それが引き出されて塗りなおされ、また記憶されます。

録画再生更新されている。

そういうもの、何も無い状態が汚れていない、

つまり清浄なのでしょう。

(何も無い→汚れていない→清浄、
これが自性であり、そこには煩悩が無いから無知もありません。
無知は愚かさの迷い、つまり因果の法則や不生不滅の空を知らないこと。
すべての煩悩の根本です。
あるのは、光明のような清浄さのみです)



密教では、

自分の本性は仏と同じ清浄で全能であることを信じ、

その信を不動のものにしようとする立場です。

心は広大である、

それを信じて、そこに坐り続ける。

経験的体験的に事実と云って良いのだろうか。


 
__________________________________

Youtubeで動画公開しています。

ご視聴の上、チャンネル登録お願いします。



☆祈祷、回向、各種ご相談・質問・問い合わせはこちらから。

☆立石寺本堂修復について、浄財のご支援をお願いしております。
お気持ちがありましたら、こちらをご覧ください。 

PR


[ 2019/07/13 08:13 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

コメントを投稿する






<< 回向と供養  |  ホーム  |  カサブタは自然にとれる >>