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僕らは何かに抱かれている 1
真言宗で常用している理趣経は

帰命毘盧遮那仏  無染無著真理趣
(大日如来と、清らかな真理の道に帰命します)

と始まります。

ですから、

真言宗は大日如来の宗教と云っていい。
 
その大日如来とは何か。


お釈迦さまは、存在の法則を悟りました。

諸行無常といって、

すべてのものは縁と条件によって現れ、また消滅する、

この世に永久不変なものはない。

この法則を知らないために、

人生に苦しみが生じます。

この悟りは、現象面についてですが、

その現象の根底にあるもの、その現象が働く原理、

それを大日如来と云います。

簡単に言えば、

存在とは大日如来のこと。

あなたも私もキリンも象も大日であり、

宇宙全体も大日。

一つ一つがそうであり、全体もそうである。

ですから、

大日如来のことを、

法界(宇宙)、法身(真理)、仏性、六大、如来蔵、自性清浄心などとも言います。

そうは言っても、自分は大日のように完全でも完璧でもない、

と感じるなら、

大日のfamily とか relations と思えばよろしい、

そういう立場です。

みんなで大日を共有している、

という考えでもいい。

なので、

全てのものは他のものが存在するための助縁となります。

植物がいるから動物がいる、

あなたがいるから僕がいる。


赤ちゃんが、

親のマネをして言葉や生活習慣を身につけたように、
 
仏の真似をすれば仏になるでしょう。

赤ちゃんに大人に成る性質が元々あるように、

僕らにも大日になる性能があります。


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[ 2019/11/27 07:08 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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