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入我我入
宇宙のことを 、

法界、仏、大日如来、曼荼羅などとも云います。

この宇宙を、

太陽系などがある実際の宇宙と考えるのは、浅略で初心者向けです。

深秘の解釈では、

宇宙は不生不滅で、

言葉、塵垢、因果を超越した不可得なもの、

の象徴。

これは分析智ではなく直観智で得られるものですが、

とにかく宇宙は仏であり 、

我即仏、我即法界、

つまり私は宇宙である、ということ。


入我我入(にゅうががにゅう)は密教瞑想の基本で、

拝む人と本尊の三密(身体、言葉、心)が平等であることを観じます。

 あらゆるものは大日如来の顕現ですから、

世の中に、一つとして仏でないものはなく、

現在の凡夫である私も、いずれは仏になります。

勿論、

仏が外にいて、吾が身中に入るのではなく、

元々わが身中にある仏を現すために、入我我入の観想をします。

本来、仏は身中にあるのだから、

それが顕れれば、私は仏であり、

私の言葉は仏の言葉です。

心の窓があいて、外と心がひとつになって仏の説法が流れてる。

その風は鼻から出て、また入ってくる。

それが真言です。

大きな広い宇宙の中に自分がいる。

これは事実です。

その宇宙の姿形景色は自分の脳のなかにある。

これも事実。

その脳内の宇宙の中にいる自分を探してみます。

そうして、

自分と宇宙が相応していることを知ります。

さらに、

全ての事象について、

自分と相手は相応しています。

この時、慈悲が生じます。


『秘蔵記』には、

「諸仏は遍法界の身なれば、吾が身諸仏の身中にあり。

 吾が身遍法界の身なれば、諸仏の身吾が身中にあり。

 たとえば因陀羅網の如し」

とあり、

これは、

『三平等観』にある、

「吾が身は即ち印、語は即ち真言、心は即ち本尊なりと観づべし。

 この三密平等平等にして法界に遍ぜり。

 これを自の三平等となづく。

 吾が三平等と本尊の三平等と同一縁相なり。

 これを他三平等となづく。

 ただ本尊と吾が三平等と同一縁相なるのみにあらず。

 己成未成の一切諸仏の三平等もまた同一縁相なり。

 これを共三平等となづく。

 同一縁相の故に真言印契等しきが故に、諸仏を吾が身中に引入す、
 
 これを入我という。

 吾が身を諸仏の身中に引入す、これを我入という」

が基本となっています。


『別行次第秘記』では、

「本尊の三密遍法界の故に、吾が身本より本尊の身中にあり

 吾が三密もまた遍法界のゆえに、本尊もとより吾が身中にいます。

 六大無碍にして常恒に相応するがゆえに心、仏、衆生の三密、

 各々法界に遍じて互相加入し、彼此摂持して感応道交し速疾に顕得す」

とあります。








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[ 2019/10/27 06:37 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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