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実在に迫る
実在とは真理のことです。

僕らの主観を離れて、客観的に存在するものですが、

そういうものが本当にあるのでしょうか。

たとえば宇宙、

宇宙は、僕らが認識しなくても実在するのかどうか。

神さまはどうでしょう。

自分とあなた、

幸せとか苦しみは、

僕がそれを思ったり感じたりしなくても、実在するのでしょうか。 

哲学や宗教では、

1、意識に反映したものを、その通りに実在とみる 

2、意識や精神のみが真の実在である

などの考えかたがあります。

 
密教は、

色心不二という、

モノを離れて心はなく、心を離れてモノは無い、

どちらも互いに障り無く存在していると考えます。

この場合、

モノは現象、心は真如と考えてもいい。

その世界を表したのがマンダラで、

その境界を、秘密荘厳心と云います。

世の中で僕らが認識できるものは、

単なる物質ではなく、如来の三昧耶形(象徴)と考えますが、

それらは僕らが認識しなくても、客観的に実在するはずです。

一生の間、誰にも見られることなく咲いて散っていく花の様に、

僕は認識しないけれども、在る。

如来(仏)は宇宙法界と同義ですから、

宇宙そのものが実在で、

他に実在は無く、

現実世界は実在のコピーと考えることもできます。

宇宙と云うものを本体として、

その中にいろいろある

ということ。


秘密荘厳心について、

『十住心論』には、

「即ちこれ究竟にして自心の源底を覚知し、実の如く自身の数量を証悟す」

とあります。

もちろん、

実在も空であり、実体は無く変化しています。

その中で、

徹底して自心を観察し、

三密行によって色心不二の根源的実在を体験し、

自身の数量(役割)を知るようになります。


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[ 2019/07/26 09:35 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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