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悟らざるに開示する
当山の縁起によると、
 
「北州の群類を度せんがために一道場を建立し

 聖徳太子御手彫の十一面観世音菩薩を安置し・・・」

とあるのみで、

なぜ、十一面観音なのか、

なぜ、このお姿なのか

は不明です。

その時、その場所での因縁によるものなのでしょう。


多くの仏像は、 

儀軌通りに作られていません。

作者や造像を注文した人の意志は反映されているでしょうが、

経典儀軌に書かれているようには作られていない。

時代の流行もあったみたい。


十一面観音については、

1、『仏説十一面観世音神呪経』
2、『陀羅尼集経』第四
3、『十一面神呪心経』
4、『十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経』

にその姿が説かれており、

1~3は手が2本、

4は手が4本の像です。

僕らが現在使っている十一面観音供養法次第(十一面観音の瞑想法)は、

4の『十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経』によっていますから、

本尊を瞑想する時は、4本の手、

目の前にある本尊像は2本、

ということが多い。

国宝像はじめ、

国内にある多くの十一面観音像は手が2本、

4本あるのは京都花園の法金剛院が有名ですが。

作例は少ないでしょう。

その他、

立像か坐像かの違いが有り、

手に持つものも、

経典儀軌に書かれているものと、

実際の仏像は違うことは多い。

もちろん、

それで構わない。


仏像は、

古くて、貴重で、美しいなどの、

文化財として価値があっても、

それが重要なことでは無い、

と僕は考えています。

特に密教寺院の場合、

本尊は瞑想の対象ですから、

拝みやすいかどうか、が大切です。



『御請来目録』に、

「密蔵深玄にして翰墨に載せ難し、更に図画を仮りて悟らざるに開示す」

とあります。

密教の教えはとても難しいので、

文字や言葉では分からない人に

図画などの視覚を使って説く

ということ。 


修法中(拝んでいるとき)の自心中は、

マンダラ世界(悟りの世)に荘厳されています。

そこには、多くの聖衆が集会しています。

そのなかに、

次第通り、儀軌通りの仏がいて、

目の前のある仏像のような仏がいます。


すべてが、

大日如来(真理)の三昧耶形(しるし:シンボル)であり、

法身(悟りの身)

というのが、密教の立場です。

大自然の中も、

大都会も、

同じ。


立石寺チャンネル(youtube) で動画公開しています。

どうぞご覧ください。

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[ 2019/08/01 14:54 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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