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成仏した証拠
弘仁4(813)年正月、

宮中清涼殿にて嵯峨天皇は、

南都六宗(三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、華厳宗、律宗)

比叡山(天台宗)、高野山(真言宗)の八人を集め、

それぞれの宗旨の真髄を聴聞しました。

八宗論として伝えられています。

その中で、

真言宗の空海・お大師さんが説いた密教は、

それまでの仏教にはない、ぶっ飛んだ内容でした。

主なものは、

即身成仏(今の人生で、今の身体で成仏できる)

法身説法(真理はそれ自体が説法している)

果分可説(悟りの境界は言葉で説明できる) 


嵯峨天皇が 云います。

即身成仏の典拠証拠は明白で、よくわかったけれど、

現前にその成仏の真相を観なければ信じられない、と。

 
『弘法大師傳』には、その時の様子が書かれています。
 
「ここに於て大師はその実証を顕さんが為に、南方に向つて結跏趺坐し、

 大日の智拳印を結び、口の中に密呪を唱へ、暫く三摩地の観念に入り給ふ、

 と見るまに、面門忽ちに開け、見る見る内に金色の大日如来の御姿となり、

 頂には五智の宝冠を現し、座下に微妙の蓮花を湧出し、御身よりは五色の光を放ち、

 殿上殿下の風光一時に変じて、さながら浄土の光景を目の当たり現出せしかば・・云々」


この三摩地(即身成仏の現証)は五蔵三摩地観(ごぞうさんまぢかん)である、

と覚鑁さんは『秘釈』に書いています。
 
五蔵三摩地観は、五字厳身観や五輪曼荼羅観などと同じテクニックの瞑想法で、

真言僧が日常拝む、字輪観も同じ。

五字厳身観(ごじごんしんかん)は誰でもどこでも修法でき、

真剣にやれば、そのうち身につきます。


『金剛頂経』では 、

自身が仏身になる時、

本性において、自身は一切如来と同じであり、
 
一切如来があるように私もある

という境地が説かれています。


清涼殿の話は伝説ですが、

即身成仏は誰でもいつでも可能なのですから

その時、人はどうなるのでしょう。

もちろん、

変身するわけではありませんから、見た目は変わらない、

中身が凡夫から仏になっている。
 

『コタムリト』などのヴェーダンタ関係の文献には、

真理を得た人の様子が書かれています。


大らかでいつも楽しく、

物怖じせず、遠慮しない

大海のような感じである。

表面は波があるけれど、潜れば静か。

浄不浄の区別がなくなり、

余計なことは言わない。
 
あどけなく何も気にかけず、

生き生きとして若々しく、

人に教える時は実に熱心。

 




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[ 2019/11/24 13:32 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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