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明るい人
悟り、智慧のことを明(みょう)といいます。

真言陀羅尼などの呪も明です。

無明は、煩悩、迷い、智慧がひらけていないこと。

智慧を光、迷いを闇の関係として表現します。

光(智慧)があれば闇(迷い)が消える、と。

根本無明とされるものが 、

道理事象を明らかに理解できない精神状態。

無いものをある、と思ったり、

何かにつけ「それ」を知らないこと、

自分の心を知らないこと。


ところで、

拝んでいるときに、全てが止まることがあります。

実際に時間が止まることはないのですが、

音声、匂い、視界、感触、意識、

それらが止まる、無くなる。

誰でも、何かに集中していると、

それ以外のことに気がつかないことと同じかな。

読書に集中して、電話の音も玄関のチャイムも聞こえなかった、など。


拝んで(瞑想して)いるときは、

広々として明るい、

という感覚だけは残ります。

自分は止まっていても、世の中は流れている、とうような。



自分が慣れていることを他人がやるのを見ていると、

ひどく、のろまに見えることがあります。

これは、自分はその他人より時間を長く使っている、

というようなことを、寺田寅彦が「空想目録」のなかに 書いています。

星の観測で、

慣れてくると星の動きがだんだんのろく見えてくる、

一秒が長く感じられる

と。


ピッチャーが投げる150キロのボールは、

素人には見えないくらい速いけれど、

プロのバッターは見えているから打てる。


それらは、

精神集中によって五感が鋭敏になることとも関係があるかもしれません。


トレーニングと精神集中によって、

分からないものがわかる、

有るものと無いものの区別がつく、

そして明るい人になる、

と考えても良いかもしれません。


目に日月の光を観じて見れば、

迷いがことごとく退散し、諸尊が充満しているのを見、

ほとけと自分を分ける惑いによって、

自心の中の仏が覆われているけれど、それを見ることができる。

と諸尊法次第にあります。


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10月18日 10時から

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[ 2019/09/25 10:02 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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