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曼荼羅の実践
曼荼羅は、

全てのものが具足している、

という意味で、悟りの世界を表したものです。

密教では全てが仏であり、

だれもが悟りの可能性を蔵している、

という立場ですから、

現在のこの世も曼荼羅です。
 
そこで、仏の言葉を話し、仏の活動をする。 


曼荼羅には四種が説かれ、

大曼荼羅  :図像曼荼羅のように、悟りの世界を全体的に表したもの。

三昧耶曼荼羅:象徴物によって表したもの。

法曼荼羅  :梵字など、文字で表したもの。

羯磨曼荼羅 :立体的に、または行動で表したもの。


たとえば、

家族という大曼荼羅は

中心に主人(大日)がいて、

周囲を夫婦親子など(各尊)が囲んでいます。

家族の愛用品が三昧耶曼荼羅、

家族の名前は法曼荼羅、

家族の仕事役割が羯磨曼荼羅。



宇宙を観れば、

宇宙そのものが大曼荼羅。

月星太陽や山川草木が三昧耶曼荼羅、

それらの名前記号が法曼荼羅、

それぞれの活動が羯磨曼荼羅。

この四種の曼荼羅は自分の心であり、

曼荼羅を構成している諸尊は、

自心の中にあります。


図像の曼荼羅には、

『大日経』に説かれる胎蔵曼荼羅と、

『金剛頂経』の金剛界曼荼羅があります。

どちらも中心に描かれるのが大日如来。

胎蔵曼荼羅は、

世界中の、宇宙全体の、

全ての存在に含まれているものが、

中心の大日の大智大悲に摂取する、

というイメージ。

迷い苦しみ悩みも、その中にありますが、

それらも大日の智慧と慈悲に転換します。

それが、仏性とか清浄心 とか全体心と呼ばれるもの。



こんな感じかな。



金剛界曼荼羅は、

大日を中心として、

成仏する過程を示したもの。

大日を中心とした世界、心が、

全体を含めながら展開して、日常化する。



こんな感じ。


いずれにしても、

精神集中と心の洞察の中で、

仏の身体・言葉・心が曼荼羅として示され、

拝む人がその中に入って溶け合う、

ということです。

『金剛頂経』では、

仏身を円満する過程を、

五相成身観という作法で証明し、

その後の悟りの状態で生きる実際を、

金剛界曼荼羅によって明らかにする、

悟りの境地を曼荼羅として展開している、

となっています。

 

自心が広がり、

「私の心」という個別心が、

宇宙大の全体心になり、

それがまた縮まって、

私以外を包む大きな心が自心の中に収まる、

そんな感じ。


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[ 2019/12/05 07:30 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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