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疑うことの意味と価値
台風が近づいています。

落ち着いて行動しましょう。


ところで、

~だそうです。

~があるみたいです。

~なようです。

~という説があります。

~らしいです

このような書きかたばかりの情報を、

シェア、拡散するのは、やめましょう。



先日、

縁者と福島の話をしていたら、 

公式のデータは信用できない、

という。

放射線量などの情報は

各地のモニタリングポストはじめ、

国、都道府県、各研究機関などから、毎日発表されていますが、

それらは政府に都合の良いように改竄されている、

というのが、その人の主張。

そんなことができるのだろうか

放射線を測定するガイガーカウンターやサーベイメーターは、

今は素人でも持っているし、

放射線や科学マニアもいます。何しろプロの研究者がおおぜいいます。

インチキなデータを出したら、

すぐにバレてSNSなどに出るでしょう。 


宗教には「信仰」という欠点があります。

霊魂や神の存在、死後の世界など、

証明できないことを布教する傾向があることです。


お釈迦さまは、

自灯明(自らを拠りどころとする)、法灯明(事実を拠りどころとする)

つまり、

証拠(理論的によく考えること)に基づいて、自分の智慧で理解すること、

を大切にしました。

仏教は、

調べようともしないで話を鵜呑みにすること、信じることを禁止しています。

納得するまで調べる、

それによって、不安から解放され、

心は安定し、強くなります。

それは、

『Kālāma sutta』に、

事象を弁別する十の方法として説かれています。

1、 風説に依らない
2 、伝承に依らない
3 、伝聞に依らない
4 、聖典集の所伝に依らない
5 、推論に依らない
6 、定式化された理解に依らない
7 、類比に依らない
8 、深慮され達された結論への同意に依らない
9、 有能そうな者の言葉に依らない
10 、その沙門が師であるという理由に依らない

まず自分で調べて確かめる

ということ。


日本の真言宗と真言密教の違いのひとつが大師信仰。

弘法大師空海への個人的崇拝。

これも、

空海の書いたものを読んで考え、

空海の行なったことを自分で試してみることが大切です。

そうしないと、何も分からないでしょう。

光明を得たと伝わる求聞持法や、

即身成仏の現証とされる清涼殿の三摩地

(これは五蔵三摩地観(五字厳身観)であると、覚鑁さんは『秘釈』に書いています)

も出家在家に関わらず、だれでも体験できます。


たとえば『吽字義』の合釈にある、

「しばらく『大日経』および『金剛頂経』に明すところ、みなこの菩提を因とし、

 大悲を根とし、方便を究竟となすの三句に過ぎず」

をどう考えるのか。

金剛頂経に三句の思想はありません。

お大師さんは間違えているのか、

それとも、わざとなのか。

三密行を実践することで、体験的にその答えが得られるのか。

ただ信じるのではなく、よく考えて確かめることが、

本当の大師信仰になる、

と僕は考えています。


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[ 2019/10/12 09:04 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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