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聖者の布教
禁欲と苦行について、

縁者と話をしていたら、

「そんなことをしていら、人類が滅亡してしまうじゃない」

と云われました。


後に聖者とか覚者と云われる人は、

なぜ、禁欲苦行をしたのでしょうか。

それは、

人生の真実、世界の真理を求め、体得するためです 。

苦行や禁欲がそのために必要なのかどうかは、

人によって違い、やってみなければわからないでしょう。

何もしないで、苦行は無意味であるなどと云えないはず。

これは極めてプライヴェートなもので、

その人の生きかたの問題です。

だから、

他人に布教する必要もないし、そうしようと思わないはずです。

もしかしたら、

関心のある人から、教えを乞われるかもしれない。

その時にどうするか。

お釈迦さんの場合は、

「梵天勧請」という話が伝わっています。

『聖求経』によれば、


お釈迦さまは、

菩提樹下の瞑想行で解脱を得、輪廻からの解放を達成、

修行者からブッダになります。

しかし、

悟りを経た直後のお釈迦さまは、教えを説くことに消極的でした。

それは、

自らが得た真理は「流れに逆らうもの(Paṭisotagāmiṃ)」と感じていたから。

世間の主流は、貪りと瞋(怒)りであり、

それに支配された人が、

真理の教えを悟ることは難しい。

これは流れに逆らうもので、

貪りに支配され、暗闇に覆われた者には見ることができないから。


そこに、梵天が現れ、

一部の人たちは悟ることができるであろうから、

教えを説くように、お釈迦さまへ懇願します。

どうか教えを説いてください。

穢れの少ない者たちもおり、彼らは教えを聞かなければ堕落してしまうが、

教えを聞けば法を悟ることができるでしょう、

と。


人生の真実、世界の真理を求める人は少ない。

ですから、

禁欲苦行が必要であったとしても、

それを選ぶ人はわずかであり、

人類の滅亡につながることはないでしょう。


松井やイチローはすばらしい、

と思う人は少なくない。

けれど、

彼らのようになりたくて、彼らのような生活を実践する人は、それほどいない。

それで良いのです。

自分は松井やイチローになれないけれど

(努力すれば、もっとすごい選手になる可能性はあるけれど)

かれらがいることで、希望と平安につながり、

人生が豊かになるでしょうから。


食と性は生理に影響し、

心身は一如です。

ですから、

心ある人は、

少なくともある一定の期間、毎月のうち半分とか、

食や性を制御すれば、良い効果をもたらします。
 


梵天勧請の後、

お釈迦さまは、四諦八正道という、真理とそこへ到達する方法を説きます。

晩年には、

自分自身と法(真実)をよりどころとし、

怠ることなく修行しなさい、

と弟子たちに伝えます。


仏教の目的である悟り、

そこへ行くまでの方法、

自分はどのようにしてそこへ到達したか、

そこはどのような景色でどのような境界なのか、

それは実生活と毎日の心の動きと

どのようにつながっているのか、

それを説くのが布教です。



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[ 2019/09/15 07:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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