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求聞持日誌 3
6月11日
念誦は即身成仏への易行である。本尊を通して、本尊の誓願を自身の中に通す。

瞑想は我を外すことである。無我の中に大我を観る。

自分というワクを大きくし、ワクさえも無くす、溶け込む。

どんどん大きくなる、そして大きさという概念がなくなると時空を越える。

今日も雨。一日中カッコーが啼く。Iさん来。

夕方排便、古便が出る。

後頭部が丸くなってきた。

苦味、塩気を避け、そば粉を食べている。



6月12日
Sさん来。戒名の件。

念誦の時、若し散心あらば、出入の息を観じて一法界と為して、我身と及び本尊を此の一法界に摂し、又一切の諸法を此の一法界に摂し、然る後に念誦せよ(『秘蔵記』)

ただ大日如来のみいまして、この計度(はからい)の小我を越えた無我の中において大我(まことのわれ)を証得している。(『吽字義』)

心の本体の内容である心の働きである国土を、

微塵にしたほどの実に多くの眷属の誰もが、

ひとつとして、この大我の身を得ざるものあらんや。


行者、この大空三昧を修するにあたり、くさぐさの縁にふれて、妄心起こる時には、その妄心はいかにして起こりたるかの因縁を観じ、その因縁をきわめるとともに、それは縁生(かりそめ)にして無自性であり、つまりは空であるとの観に住して、その妄心に追随してはならない。かくて妄心 息むとき、心源自ら空寂となる(『菩提心論』)





6月13日
昨日からそばパンにしている。

Iさんから電話、コンサートのお誘い。

宝球と白ジャスミンを檀に置く。

普段、空を見上げ見つけることは多くない。それは大きい、限りがない、たくさんのものを含んでいる。地球も私も抱いている、包んでいる。これが虚空蔵なのか。

雲は無常を教えている。

夕方、Tさんより、頑張ってくださいと電話。

子どもたちに自転車を買ってあげようと思う。




6月14日
雨。熊谷さんより鳴門金時、タケノコ佃煮、本、届く。お供えする。

おれは修行しているのだから、協力せい、と思ってはいけない。

剃髪。



6月15日
お大師さんの日。
供物は、玄米、カヤの実、鳴門金時、小豆煮、りんご、餅、突き仏供

少し眠い、少し疲れがある。吸い玉をする。

午後、乳がんの人来。

Sさんから電話。ライオンズクラブの講演依頼される。

心は体より大きい。
心の中に体があり、毎日があり、社会がある。
心は何でもできる。だから、幸せになれる。









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[ 2017/05/28 07:25 | Comments(0) | 行法日誌・食と心 ]

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