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行法日誌・食と心の関係 1
・カテゴリ「行法日誌」は、行法の意義と、食と祈り(心と身体の動き)の実体験を書いています。

・カテゴリ「仏教医学研究」は、個別の行為・作法・環境が、身体と心にどのように作用するか、を書いています。


行法日誌
 
 行者は古来、修行中は他の招待を受けず、酒、塩の入ったものを食べず、悪い香りのするものを食べず、信心堅固にして沐浴し持斎生活し、妄語疑惑睡眠を少なくし、厳重には女人の調えたものを食べず、寝る時は帯を解かず云々・・というようなことを言われています。
 
 仏教は修行の宗教であり、瞑想修行という体験を通してさとりを得られるとしています。仏者はイコール行者です。
 
 弘法大師は「自受法楽をもって修行とし・・」と言われ、修行というものは苦しみではなく、仏と会い、仏と一つになる楽しみ、喜びである、ということです。苦行を経なければ悟れない、などとは言っていません。

 平成二年、高野山でのカリキュラムが一段落して、、結婚の話が出てきました。。その時、恩師に相談しました。
 
 私は行者でありたい、お大師さんのようになりたい、結婚したらそれはできない夢なのでしょうか。
 
 恩師は言いました。
 
 山で一人で拝んでくらすことは貴重なことである。仏と二人、ずっと拝んで修行生活ができるなら素晴らしい。でもそれはとても安楽で易しい修行である。
 
 町で暮らし女房家族を持って、それでも修行生活をするとすれば、それはそれは重い荷物を持ちながらの大変な苦行である。あえてその苦行を選ぶということは尊いことである。
 
 それに、扉を閉めて仏と二人っきりになる部屋があれば、お山でなくともそこが聖地である。
 
 
 お大師さんはじめ数多の先人聖者が修行しています。私などの行は取るに足らないものですが、私は特別な環境で特別に修行するのではなく、毎日のふつうの生活で修行したい、それは可能なのが仏教であると思っています。
 
 真言宗の二大法とも言われる虚空蔵菩薩求聞持法と不動明王八千枚護摩供は、時間と決心のいる行法ですが、決して晴れの行ではなく、自分のためにこっそりと修法するものです。その内容や結果を報告するのはあまり感心なことではないかもしれません。
 
 私がこの行法を修したいと思ったのはお大師さんが修法したから、恩師が修法していたからです。お大師さんのようになりたい、恩師に少しでも近づきたい、そういう重いが強くあって、修法しました。
 
師は自分で選ぶものです。そして師はもっとも大切なものです。

 私は栃木の農村で育ち、高校卒業後東京の大学に進みました。父親はサラリーマン、母は専業主婦、現在地元で教員をしている妹が一人います。
 
 昭和六十年三月、東京の私立大学の経済学部を卒業して就職し、コンピュータ会社のシステムエンジニアになりました。
 
 景気の良い時代でしたから残業も時間外手当も多く、独立して会社を起す同期生も少なくありませんでした。
 
 私も何かを求めていました。会社にも仕事にも不満はありませんでしたが、何か自分にしかできないことをやりたい、自分がいなくても会社は動くでしょうし、自分の代わりに仕事ができる人は大勢います。自分が何者であるか知りたい、何のためにに生きているか知りたい、自分が自分である理由を知りたい。
 
 その当時、一人暮らしをしていたアパートの近くに小さな料理屋さんがありました。ママと娘さんが二人で切り盛りしています。仕事帰りに一杯飲みながら、カウンター越しにママと話しました。
 
 僕は何者だろう。それを知るために坊さんになろうかしら。仏教には僕の疑問を鮮やかに解決してくれる何かがあるかもしれない。
 
 毎日そんな話をしていたら、ママが知り合いの住職を紹介してくれました。そのまた紹介で高野山へ。高野山内にある百数か寺の一つ寺の住職の弟子にしていただきました。
 
 僧侶の世界は師弟関係の世界です。弟子にしてもらって初めて勉強や修行ができます。
 
退社、引っ越しなどの用事を済ませて高野山大学の三回生に編入し、そこで田中千秋僧正に出会いました。
それまで、尊敬される人というのはアグレッシブで言葉がうまく、いつも場を盛り上げるような人である、と思っていました。田中先生はその時七十歳を過ぎており、体も小さく、目や耳が不自由で、小さな声で話をする人でした。教室の一番前に坐って耳を澄ませていないと何を言っているのか聞こえない。
 
私にとって先生の口から出る言葉は一つひとつが珠玉のようでした。一言も聞き逃したくなかった。拙著『子どもたちの子どもたちの子どもたちへ』に先生からいただいた言葉を書いてあります。
 
田中先生と私は、大学の演習・ゼミの指導教授と生徒の関係ですが、私にとって師僧とともに密教の心を教えていただいた恩師です。
 
 
二年後、高野山を下り、東京の寺に勤めました。
 
東京の寺は葬儀法事が多く収入も多かったのですが、果たしてこれで良いのだろうか。こういうことをするために僧になったのでは無いのに、と感じていました。もちろん、葬儀法事も大切なものですし、それはそれで貴重な布教の機会にもなります。
 
毎日を拝んで暮らしたい、拝むことより優先させることの無い生活にしたい、そう考えて寺を止め、埼玉県の田舎に越して、毎日行法をして、畑を作り、田舎暮らしを始めました。
子どもが生まれ、元気に育ちましたが、そろそろ幼稚園、という時期になり、それなりの収入が必要になってきました。
私は精進の生活で精進料理しか作れませんが、精進料理を作れる僧侶というのはそれほど多くないようです。
精進料理は野菜料理と違って、精進の生活をしていないと作れません。修行のための料理です。
あるご縁で、特別養護老人ホームの調理主任になりました。お年寄りに精進料理の給食を出す、という施設です。
しばらく勤務してから独立。借家住まいをし、自宅の一部をお堂として本尊をまつり、毎日行法を修す。自宅や出張して精進料理の講師をする、という生活になりました。法人としての寺は無い。ごく稀に、仲間の寺の手伝いをすることも、縁者の葬儀法事もすることもあります。
 
朝は寅刻念誦と言って、午前3時から5時の間に拝むのが作法です。拝む前には沐浴(水浴び)をします。朝が早いので夜は早く休みます。仏教の行はお釈迦さんが菩提樹の下で悟りを開いたような瞑想行です。身体を調え、呼吸を調え、心を調えます。密教では手に印を結び仏と同じ身体を現し、口に真言を唱えて仏の言葉とし、心に聖なる世界を瞑想して仏の心とひとつになります。
 
身体の具合が悪くても、朝起きてただ目が覚めればいいというものではありません。寝不足でもとにかく起きればいいというものでもありません。

 目が覚めて、拝む時には最高のコンディッションにしなくては瞑想行になりません。スポーツ選手が試合には絶好調の体調で臨みたいのと同じです。だから、夜遊び夜更かしはせず、食べ物を正しくします。無秩序に食べながら拝むことはできせん。体調が悪ければ呼吸も心も調いませんし、食べたものが血になって脳へ流れてモノを考えますから、食べ物の質によって脳がかわります。瞑想や祈りに適した脳、食べ物というものがあります。砂糖で薄くなった血や、血のしたたるステーキでコレステロールたっぷりのどろどろと流れにくい血は不向きです。
 
特別なことはなく、ただ毎日淡々と繰り返すだけです。これを行と言います。
 
そういう毎日の行法のほかに期間を決めて、まったく日常から離れて拝む行法があります。これは、それを修している間だけ意味があります。
 
真言密教にはいろいろな行法がありますが、中でも規模の大きなものが虚空蔵菩薩求聞持法と不動明王八千枚護摩です。
 
私は寺に住んでいないことを、経を唱えていただく布施が生活の主たる手段でないことを、とてもありがたいことと思っています。お釈迦さんの仏教には寺も葬儀も戒名料もありませんから。
 
料理は口で味わいますが、目で見て鼻で香り、と他の感覚も使います。きれいな景色や美しい絵画を見て心が感動するように、良い音楽で心が落ち着くように、味覚も同じです。うるさい音、臭いにおい、汚い景色で脳が刺激を受けるより、良い音や香りや味で脳は育ちます。食べ物は体や血を作りますから、病気も作ります。

 だから、食事を丁寧にすることにより、心身のトラブルを解決することができます。祈りと戒律による効果は大きいですが、食べ物の効果もとても大きいです。お釈迦さんの仏教も、祈りと生活法で人々を癒したはずです。そのためには自分も祈りや正しい生活を実践して、健やかで幸せな家庭を持っていなければウソつきかもしれません。
 
夜明け前に起きてトイレ、沐浴を済ませて朝ごはんと弁当の米を洗い、本尊の前で拝んで台所で料理修行。日中はやるべきことをただやる。
 
そんな生活が心を見つける方法だと思います。
 
そして時々、拝むだけの、仏と二人っきりの日々に浸りたくなる。
 
 
仏教は修行をする、という実践的な宗教であり、その修行のほとんどはお釈迦さんが菩提樹の下でさとりを開いたというような瞑想修行です。修行の目的は転迷開悟、人格の完成、成仏。簡単に言うとしあわせになることです。仏教では「さとり」といいますが、それは自分の心をありのままに知ること、と経典にあります。
 
 修行の方法を行法と言います。密教では修法とも言いますが、次第通りに真言を唱え、手に印を結び、心に本尊のさとりの世界を観じて、本尊と行者が一体になることを目指します。大日如来、阿弥陀さん、お薬師さん、お地蔵さん、観音さま、お不動さん、さまざまな仏を本尊とし、また火を焚く護摩や加持祈祷など行法には多くの種類があります。
 
 これらは毎日一生の間、淡々と続けるものです。特別な時に特別に時間を作って修法するというのもではありません。食事や仕事と同じように生活の一部にするべきものです。
 
 また、行法は本尊の前で坐って拝むだけではありません。一日のうちにほんの数十分間、仏と二人っきりになって聖なる時間を過ごすことは、心と体にとってとても意味あることですが、それ以外の一日の時間も行法の一つとすると、なお行法の目的に近づくことができます。起床から就寝まで、歯を磨いて顔を洗い、トイレに入り、食事をして、という生活が行法の一つになります。
 
 そのような毎日の行法の他に、ある期間を区切って、特別な場所で特別な作法で拝む別行という行法もあります。

 例えば虚空蔵菩薩求聞持法は五十日乃至百日間、虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱え続ける行法、不動明王八千枚護摩供は二十一日の間、一日三回護摩を焚きながら真言を二十万遍唱え、最後の日に六時間ほどかけて八千本の護摩木を焼く行です。これらは毎日はできない。
 
 山の中で一人拝んで暮らす、というのはぜいたくで憧れる生活です。それに比べて街の中で、家族を持って、仕事をしながら修行を続けるのは難行です。聖と俗とが隣り合わせ、混合している中で日常に行法を毎日続けることは難しくもあり、工夫が必要です。
 
 ですが、特別な時間と環境でしか行法ができないのなら、仏教はあまり意味がありません。特別な人にしかできないのなら。
 
 高野山を下りて東京の寺で働いていましたが、結婚と同時に田舎に引き、畑をしながら拝む日々を送りました。
 
 子どもが生まれて生活費が必要になり、他の寺の手伝いをしたり、精進料理の仕事をしたりで暮らしをまかなうようになりました。庭の小さな護摩堂で毎朝行法をしています。
 
 寺が無いので自由です。だから、先の求聞持法や八千枚護摩も自分の意志でできます。寺があれば経営や檀信徒のお世話などで、長い間行法のために留守をするわけにはいかないでしょう。
 
 スポンジが水を吸う様に、仏教は目や耳で覚えるものではなく、毛穴からしみこむものです。だから、特別なことよりも毎日の行法に意味があります。

 特別な行法というのは行じている時は意味があります。学校で勉強することは意味がありますが、昔勉強していても今はダラダラしていたらあまり意味はない。。昔、会社で要職にあったとしても、その時は貴重で素晴らしい人生ですが、辞めた後につまらぬ人生ならつまらないだけです。
 
行法も同じ。だから、毎日拝むことが貴重です。
 
 しかし、別法にあこがれることが時々あります。それはお大師さんが行じたものだから、自分もぜひやってみたい、お大師さんのようになりたい。私の師が行じたものだから自分もやってみたい、師のようになれるかもしれない、というあこがれです。そして、その行法のあいだは、なんともしあわせで気分が良いものなのです。
 
 私は生活の中で行法をしています。そして、生活の中で別行を行じようとしました。
                       
                                 食と心の関係 1 終り
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[ 2009/12/01 09:36 | 行法日誌・食と心 ]



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