【不動明王八千枚護摩供】
八千枚護摩は『不動立印軌』を典拠とし、不動明王を本尊とする護摩修行です。
立印記には「菜食して念誦を作し、数数十万遍に満つれば、断食一昼夜して方に大供養を設けて護摩の事業を作せ。
応に苦練木を以て両はしを酥にさして焼け。八千枚を限りとす」
応に苦練木を以て両はしを酥にさして焼け。八千枚を限りとす」
(菜食で数十万遍の真言を唱え、断食一昼夜して八千本の護摩木を焼いて本尊の供養をする)とあります。
八千枚(八千本)の護摩木を焼くのは、お釈迦さんが衆生を救うために八千回娑婆と浄土を往復した、という神話が元になっているようです。
作法は普段の護摩供とさほど変わりませんが、普段は百八枚の木を焼くところで、八千枚の護摩木を焼きます。六時間ほどかかります。
その、八千枚の護摩を焼く坐の前に前行(加行)があります。その間に不動明王の真言を十万遍唱えます。一日三回の護摩を焚きながら二週間続け、十万遍唱えます。次の一週間が正行期間で、また十万遍唱えます。
口伝では、最初の一週間は持斎(昼十二時過ぎは食事を摂らない)、次の一週間は菜食、最後の一昼夜は断食断水と言われていますが、十年間菜食をしてから望むべき、という伝もあります。
八千枚護摩は何人かにお手伝いを頼まなければできません。八千枚も護摩木を焼くとすぐに釜が灰でいっぱいになりますから、それをすくって取り除いてもらい、次々と焼く護摩木を行者の手が届くところに移動してもらい、供物の補給もしてもらいます。終始真言を唱えて行の安全と、有縁無縁のいのちの平和を祈ってもらいます。
そして、護摩は費用がかかります。各種のお香や五穀、油などの供物。私の場合はこの行のために小屋に防火工事をして護摩堂にしたので、その費用もかかりました。
八千枚で焼く護摩木はその年の最初の甲子の日に伐ることになっています。ですから、ずいぶんと前から準備が必要になります。
本尊の不動明王はポピュラーな仏さまです。大日如来の化身で、火炎の中におわします。この火は様々な障碍を焼く智慧の火です。
頭には七莎髻という修行過程を示すものがあり、衆生を愛することを示す辮髪が垂れています。
額には衆生を心配するしわがあり、右手に迷い・煩悩・有無両極端を切る剣を持ち、左手には迷った衆生をマンダラへ引き寄せるための索を持っています。
大憤怒というとても怒った姿をしていますが、迷い不安・修行の妨げになるものを脅威し、煩悩を滅ぼすためです。
多くの仏菩薩は蓮華の花の上に坐っていますが、お不動さんは盤石の上に坐ります。重障をしずめ、菩提心を山の如くに育てるということを象徴しています。
護摩はインドのホーマ(homa)の漢訳で、もともとは供物を火中に投じて神に捧げること、という意味です。
仏教に取り入れられてからは、智慧の火で煩悩と業を焼き、菩提心を実践する意味になりました。火はものを浄化し、安らぎと希望を与えてくれます。心を浄化し、永遠の真理とひとつになるための行法に護摩は発展しました。
そして、内面に燃える煩悩の火を、瞑想によって消すことも護摩の修行のひとつです。
【修法日誌】
2005年2月9日
午後、家の南の山の木を伐る。地主のRさん宅へ酒を持って挨拶。全部伐ってもいい、と言われる。
あまり太いのは手に負えないので直径十五センチ程度のものを四本。生の木はノコギリが引きにくい。日曜大工用のものでは目がすぐに詰まり、一本伐るのに時間と力がかなり必要。
枝を落とし、庭に運び、六寸ごとに印をつけ積んでおく。乾いたら切断し、割って墨をつける。
2月25日
S堂に仏具、仏器の相談。注文。護摩の釜(一尺五寸)だけは至急に注文。
3月1日
S社に一尺の木札百本注文。
3月7日
もうすぐ梅が咲きそうなので南側のまっすぐな若い枝を数本、散杖用に伐る。一尺六寸に揃え、竹にひもで巻きつけて固定し形を調える。
3月27日
岩瀬村響きの森での薪割りクラブに家族で参加。帰りに玉切りのヒノキを二十本ほど貰い、持ち帰って庭で乾燥。これも護摩木(段木)にする予定。
5月連休
木が乾いてきたので護摩木作り開始。
丸太を割り、丸ノコで六寸に切り、ナタで細く割って根元に近い方に墨をつける。狭い護摩堂で炊くので、通常よりも細く(一分径)割る。
5月30日
園芸屋さんで根つきのシキミ十本購入。行中の供物の一つ。
庭に移植。雨が降ってきて良い加減になる。
7月21日
護摩木(乳木、段木)ほぼ割り終わる。虫がつかないように防腐剤を入れる。Yさんよりもらった松材は節の無いものを選んで段木にする。
8月18日
護摩堂工事始まる。棟梁はお世話になっているH寺住職のいとこ。
8月22日
護摩札書き始め。木面は自分で書き、白紙の願意、祈願者名の条書は妻に頼む。
8月30日
工事発注先の設計士・Hさん来。棟梁と打ち合わせ。
9月6日
S堂社長来。仏具(護摩五器八器)納入
9月8日
H寺から護摩用支具(各種香など)寄付していただく。
9月9日
十五時から、作壇作法。不動護摩一坐修す。約二時間。
煙が多く、ダクトからもれる。金剛界十七尊の印と真言、忘れていて作法に手間取る。
9月12日
棟梁、設計士さん来。ダクトと煙突の位置調整してもらう。
長野M師より激励の電話あり。とても嬉しい。
9月15日
護摩一坐修す。香炉を四つ用意する。
9月21日
供物用の餅をつき、小豆を煮る。それぞれ小分けにして冷凍する。
Oさんより供物の白米届く。
9月22日
丸香などを置く台、護摩札を置く台を作る。
M師より五万円奉納。
S堂より白檀の原木をもらう。とても固く自分では切れないので棟梁に頼む。
「一行者、勇猛の發心を以て八千枚を焼く時、十方法界の衆生同時に悉く八識相應の惑障の薪を焼き盡して、四智圓明の智火を成ず。よって一切衆生皆成佛道の妙行、八千枚修行に過ぎたるは無し。能く能く菩提心に住して修行すべし。菩提心といっぱ不動明王なり」
(『八千枚行儀用意事』)
9月23日
彼岸中日。
青ばたと黒ごまのおはぎを作って供える。
奉納の白米を炊いて、大佛供、小佛供を作り、小豆、餅、梨と供える。
近所のHさん、おこわとお酒をお供えしてくれる。
天気良く暑い。午後一時開白。
妻に褊襂の袖裏に紐をつけてもらう。袖先をまくって首の後ろで止めるようにするため。
護摩具の杓が弱そうなので針金で補強し、ステンレステープを巻く。
阿闍梨さまのM師とメールで打ち合わせ。
十二時五十五分登礼盤。不動真言(慈救呪)五千遍唱える。
今まで、毎朝供養法をして千遍ずつ、一年間で約三十五万唱えている。これは先行として良いと思う。
十四時五十分入護摩。
添え護摩はTさん、Sさんのを焼く。
十五時三十五分下礼盤。
すぐに神供をサンルームで修す。
義弟来。お布施いただく。
散念誦五千遍は長く眠い。起きていても心にいろいろ去来する。
片付けをして香花を盛り、入浴。妻に供物を下げてもらう。十八時二十分就寝。
八千枚は私の満足のためで、家族には負担をかけるものだが、子どもらも将来、何かの役に立つだろう。寺が無くても修法はできる。工夫すればやりたいことができるのだと。
毎朝沐浴行法を欠かさず肉食をしない父親を、何かの時に思い出すだろう
普段の生活とこの行中と、なんら変わりは無い。
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[ 2009/12/02 14:06 | 行法日誌 ]