落語「柳田の堪忍袋」は、
「柳田格之進」のタイトルでも演じられる噺ですが、講談に起源があるみたい。
僕はこの噺を最初、志ん朝で聴いた。
柳田は実直真面目で嘘をついたことが無い。
しかし、その正直さが疎んじられて浪人となる。
その生活の中で、盗みの濡れ衣をかけられ、
柳田と娘は堪忍袋を抱え、耐え忍んで生きる。
疑いが晴れるまで、そして晴れた後、
柳田親娘はどうするのか。
ところで、
名人志ん生の長男が馬生、次男が志ん朝である。
僕は志ん朝のキレとスピード感ある語り口が好き。
華やかさと色気と潔さがある。
対して、兄の馬生は、まじめ一筋。
このふたりが演じた『柳田格之進」を聞くと違いがよくわかる。
志ん朝のそれは噺の筋が通らないけれど、
ハッピーエンドにして、聞いて楽しいものにしている。
馬生の噺は、道理的で悲運のまま、ばっさりと終わらせる。
堪忍袋は、
辛抱に辛抱を重ねた結果、緒が切れる。
だから、これは大人の感情である。子どもは辛抱を重ねない 。
子らがキレルのは瞬間だから、
堪忍袋の緒が切れているのではない。
つまり、
キレルのは子どもであり、大人ではない。
いい歳をしてキレルのは、中身が子どもなのであろう。
そして、
修行修養修練によって、
緒が切れない堪忍袋をもてるようになる。
その時、
堪忍が完成し、微笑と慈悲にあふれた人格になるのだろう。
「柳田格之進」のタイトルでも演じられる噺ですが、講談に起源があるみたい。
僕はこの噺を最初、志ん朝で聴いた。
柳田は実直真面目で嘘をついたことが無い。
しかし、その正直さが疎んじられて浪人となる。
その生活の中で、盗みの濡れ衣をかけられ、
柳田と娘は堪忍袋を抱え、耐え忍んで生きる。
疑いが晴れるまで、そして晴れた後、
柳田親娘はどうするのか。
ところで、
名人志ん生の長男が馬生、次男が志ん朝である。
僕は志ん朝のキレとスピード感ある語り口が好き。
華やかさと色気と潔さがある。
対して、兄の馬生は、まじめ一筋。
このふたりが演じた『柳田格之進」を聞くと違いがよくわかる。
志ん朝のそれは噺の筋が通らないけれど、
ハッピーエンドにして、聞いて楽しいものにしている。
馬生の噺は、道理的で悲運のまま、ばっさりと終わらせる。
堪忍袋は、
辛抱に辛抱を重ねた結果、緒が切れる。
だから、これは大人の感情である。子どもは辛抱を重ねない 。
子らがキレルのは瞬間だから、
堪忍袋の緒が切れているのではない。
つまり、
キレルのは子どもであり、大人ではない。
いい歳をしてキレルのは、中身が子どもなのであろう。
そして、
修行修養修練によって、
緒が切れない堪忍袋をもてるようになる。
その時、
堪忍が完成し、微笑と慈悲にあふれた人格になるのだろう。
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