『十住心論』では、
自分のことばかりで他人に関心を示さない、貧しく暗く狭く卑しく濁っている心から、
他への広大な思いやりを持つ、豊かで明るく広く深く清い心までを十の段階に分け、
そのうち最初の三つを世間三カ住心と云う。それは、欲と怒りと愚痴の世界。
ひとつめは、
悲しみ、苦悩の時、検討違いなことばかりして迷いを重ねる心。
その時に、
性欲、物欲、名誉欲が不安の支えになると錯覚する。
ふたつめは、道徳の世界。
道徳的に振るまっても中身は落ち着かず、十進九退で前にはなかなか進まないことが多い。
みっつめは、天神への信仰
自分の成果を祈って安心することもあるけれど、
お蔭が無ければ続かない。広く明るい安らぎがない。
これを越える方法のひとつが、自分(のもの)への愛情を捨てること。
その愛情は執著になり、炎天下で喉が乾くように心身をかきたて、真理を覆う。
執著を離れれば、慈悲があふれる。
個別の愛情から、大きな慈悲へ転換する。これを大欲と云う。
例えば、
少欲知足は物事を否定して真実に至ろうとする消極的な方法で、
大欲は物事を肯定して、積極的に生かそうとする方法。
心は固定的実体ではなく、因果という他との関係性の中にあるだけなので、
最初は過去と現在の自分のことだけだけれど、
だんだん友人家族すべての人に広げるように、
どこまで気を配るかで変わる。
この広大な心を身につけるには、
腹式呼吸が有効で、
さらに妄想錯覚を事実と混同しないためには(迷わない)、
イメージと呼吸を合わせる浄化呼吸法が役に立つ。
このとき、脳を維持する穀物(炭水化物)が滋養になる。
基本的には脳内の血行が良くないと心も乱れるので、
きれいな血を作る食事と呼吸と運動と睡眠は大切である。
不平不満妬みは陰性なので拡散し、
怒り、執著は陽性なので、内にこもって固くなる。
だから、
中庸で片寄らない普通の生活が、心にはよろしい。