仏法の深い味わいを、食物の美味にたとえていう語。
読経や儀式などを法味ということもあります。
人にはそれぞれいろいろな生きかたがありますが、
これでもかと努力精進して、勉強して調べて練習して、
そうして問題を解決し、迷いを取り除いて安心を得る人生があり、
そうではなく、
妄想を共有して安心する
という方法もあります。
妄想して自分流の解釈を作り上げ、
それを共有したがる傾向が人間にはある。
でも、
法味は妄想からは得られないかもしれない。自分で考えて、自分で進むのがいい。
『法句経』160には
おのれこそ おのれのよるべ
おのれを惜きて 誰によるべきぞ
よく調えし おのれにこそ
まこと得難たき よるべをぞ獲ん
とあります。
自分自身が灯明であり、その明るさで法味を受けるようにすることが、
悟り(幸せ)につながり、
自分が悟れば(幸せになれば)、
世間は浄土になります。
________________________________
平成28年
【年間祈祷】、【先祖供養】、【陰陽研究塾 通信講座】
のお知らせ
http://shintenan.syoyu.net/%E7%B1%B3%E3%81%9E%E3%81%86%E3%81%AE%E5%AE%B6/%E5%B9%B3%E6%88%9028%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B
読経や儀式などを法味ということもあります。
人にはそれぞれいろいろな生きかたがありますが、
これでもかと努力精進して、勉強して調べて練習して、
そうして問題を解決し、迷いを取り除いて安心を得る人生があり、
そうではなく、
妄想を共有して安心する
という方法もあります。
妄想して自分流の解釈を作り上げ、
それを共有したがる傾向が人間にはある。
でも、
法味は妄想からは得られないかもしれない。自分で考えて、自分で進むのがいい。
『法句経』160には
おのれこそ おのれのよるべ
おのれを惜きて 誰によるべきぞ
よく調えし おのれにこそ
まこと得難たき よるべをぞ獲ん
とあります。
自分自身が灯明であり、その明るさで法味を受けるようにすることが、
悟り(幸せ)につながり、
自分が悟れば(幸せになれば)、
世間は浄土になります。
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