同級生のご母堂が亡くなり、あふれるほどの思い出を抱きながら枕経。行年80。
翌日は三浦半島山中の霊園で79歳で亡くなったお母さんの納骨。
良い天気で空が大きく青かった。
息子が今年の春、歩き遍路をして徳島阿佐の海岸から室戸岬、高知、足摺岬まで、何日も左手に大きな海を見ながら歩いた。
海は毎日色が変わり、表情が異なり、美しかったという。
納骨の帰り、
横浜横須賀道路から湾岸高速を、右手に海を見ながら船橋まで帰った。
海は大きい、広い、深い。
その中に多くの生き物が育っている、海が命をはぐくんでいる。
母親とはそういうものであろう。
母の心は海よりも大きく深く広く、子を育てる。
華厳経中、海雲比丘が、
ただ海を12年間見つめるだけで悟りを開いた話を思い出し、
母親はもっとも身近な菩薩なのだと思った。
明日はお通夜。
あんなにもこんなにもお世話になったのに、導師をするくらいしかできない。
もっと早く会いに伺えば良かった。
そんなことを頻繁に感じる世代になっています。
翌日は三浦半島山中の霊園で79歳で亡くなったお母さんの納骨。
良い天気で空が大きく青かった。
息子が今年の春、歩き遍路をして徳島阿佐の海岸から室戸岬、高知、足摺岬まで、何日も左手に大きな海を見ながら歩いた。
海は毎日色が変わり、表情が異なり、美しかったという。
納骨の帰り、
横浜横須賀道路から湾岸高速を、右手に海を見ながら船橋まで帰った。
海は大きい、広い、深い。
その中に多くの生き物が育っている、海が命をはぐくんでいる。
母親とはそういうものであろう。
母の心は海よりも大きく深く広く、子を育てる。
華厳経中、海雲比丘が、
ただ海を12年間見つめるだけで悟りを開いた話を思い出し、
母親はもっとも身近な菩薩なのだと思った。
明日はお通夜。
あんなにもこんなにもお世話になったのに、導師をするくらいしかできない。
もっと早く会いに伺えば良かった。
そんなことを頻繁に感じる世代になっています。
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