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秘密の心・謎めいた心
お前は、本当は優しくて良い子なんだよ、
 
何でも、やれば出来る人間なんだよ、

と言われて、

そうか、じゃあ、やってみよう

と進んで勉強し、お手伝いをし、あいさつをし、

だんだんと明るい良い子になるかもしれません。


心は本来清浄なものなんだ。

あんたは、元々仏なんだ、

もっともっと大きな人間で、ブッダの要素で満ち満ちていいるんだ、

と云われて、

そうか、じゃあ、やってみよう

と努力精進工夫して、

愚かさの迷いが無い、幸せな人生になるかもしれません。

とにかく、心は変化します。

いたずらをする子でも、おばあちゃんには優しい。

普段の素行が悪くても、捨てネコを可愛がる

ということがあるかもしれません。

性と食の欲望ばかりだけれど、被災地へ寄附したり、

自分だけ天国へ行こうとしているけれど、

クモを踏むのをためらう人がいるかもしれなません。

暗闇の中に小さな一つのローソクがあれば、

辺りがいっぺんに明るくなるように、

ちょっとした光が心の中にあれば、

それが拡がって、

だんだんと、仏の心になるかもしれません。

仏の心は、

今生きている自分の本体を知り、

それを支えている世界の正邪・是非を選択し決断する智慧

によって構成されています。 


仮に、

仏(のような性質)が自分の中にあるとしましょう。

その仏は、何かに直面した時に、

何を行い、何を話し、何を思うでしょうか。

それは、

自分の行いと、言葉と、思いと、

何が違い、どこが同じでしょうか。


『大日経』には、

「悉地(悟り・成就)は心から生じる」

とあり、

『菩提心論』には、

「心(をまとめる)とは、
諸仏の自性に達し、諸仏の法身を悟り、法界体性智を証して、大毘盧遮那の自性身、受用身、変化身、等流身を成じること」

とあります。

刻々と変化する自分の心を注意深く観察し、

自心中の仏の行為・言葉・思考を探すことが、

根源的な真理を探る

ひとつの方法と考えています。



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[ 2019/07/27 05:36 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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