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道草 聖心女子大学編
暑い日に塩気の強いものを食べた上、

発汗して排毒しないと、

身体が硬直して、より暑くなり、肩も凝る。

そんな時、

力強くグーを握ったまま、人差し指と親指のみ開放すれば楽になります。


それはさておき、

首都高2号目黒線を天現寺で降り、明治通りへ出て広尾一丁目を右折。

日赤の手前に聖心女子大学の正門がある。

大きな寺社のような旧 久邇宮邸の正門を抜け、

守衛所で入校許可証を提示。

たいていの大学はだれでもキャンパスへ入れるけれど、車は要許可が多い。

参道のような桜並木を進むと、左手に旧久邇宮邸御常御殿。

登録有形文化財で菊の御紋が輝いている。

学内には古い建物と新しいビルが共存している。

何といっても、緑が多い。都心なのに森の中にあるみたい。

木漏れ日が美しく、風が涼しい。

駐車場に止めて、荷物を整理していたら、何ヶ所も蚊に刺された。 


最近は文化祭のほかに、

公開講座やシンポジウムで、誰でも参加できる大学イベントがあり、

学生食堂なども一般利用できるところが多い。

大学は学府であり智の場所であるから、図書館が充実している。

これも学外者利用可能な学校がほとんどである。


今回は、

オーケストラクラブのコンサート、僕は写真係りのスタッフ。

場所は聖堂。

キリスト教の学校なので修道院がいくつもあり 、

うろうろしていたら、黒い聖衣で盲目の信者さんに道を訪ねられた。

もちろん、分からない。

聖堂は大きく美しい。



学内には聖書由来の絵がたくさん掲げられ、

お祈りや洗礼の情報版もある。

坐禅会のお知らせもあった。


コンサートが始まり、
 
ベートヴェンの序曲コリオラン

モーツァルトのディベルティメント、

交響曲35番ハフナー

女子学生らしい華やかで明るい演奏だった。 

丁寧でよく教育され、しっかりとした学生に接して、心晴れやかになる。


校内はカエデの新緑がまぶしい、秋にはさぞきれいなことだろう。






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[ 2018/07/02 08:51 | Comments(0) | 道草 ]
道草 飯田編
長野県飯田市は、

南信と呼ばれる長野県南部に位置し、

長野市、松本市、上田市に次ぐ県内第4位の人口がある。

経済的文化的には愛知県に近く、

中日新聞が流通し、

ドラゴンズファンの匂いがする。


中心部は天竜川沿いに位置し、

古くは河川運輸が盛んで、

リンゴや市田柿の産地であり、

昔は養蚕が盛んだった。

人形劇の街としても知られ、「南信州の小京都」とも呼ばれる。


その飯田の見所といえば、

郵便差出箱1号、通称「丸ポスト」ですね。


飯田市街地は、碁盤の目のように道がある。

飯田駅から中央通りを下り、

中央交叉点を左折、商店街を通り伝馬町のポスト。




中央通りに戻り、2・3丁目を右折して南西に進み、

本町2・3丁目交叉点「いとうや」前のポスト。



通り町を南東へ歩き

人形美術館を過ぎたら右折。

動物園がある水の手通りへ出たら、

静態保存D51の北側小道を降りると低い町へ出る。

道なりに曲がって下り、愛宕町・加藤酒店前のポスト。

 


飯田市の南端、立石という美しい山村に立石寺があります。

柿の観音 、加喜の観音と呼ばれる、

藤原時代の十一面観音や薬師如来をおまつりしています。



これから法務のために向かいます。

みなさまも、

どうぞ、お参りください。


[ 2018/04/26 10:48 | Comments(0) | 道草 ]
道草 高野山編
高野山の見所といえば、

郵便差出箱1号、通称丸ポストですね。


分かりやすい所に三ヶ所あります。

高野山の地理的な中心、千手院橋交叉点の東、高野郵便局前。



西隣の珠数屋四郎兵衛で、水晶の数珠を買う。

さらに西へ歩き、

途中の田原屋で下駄を、

勝間屋で豆腐の粉を買う。

そして、

金剛峰寺正面左側の鐘楼「六時の鐘」の下。




西に進んで蛇腹道を通れば大伽藍。

姿がなんとも美しい御影堂



旧正御影供(きゅうしょうみえく:お大師さん御入定の日の法会)が行なわれる

旧暦3月21日(今年は5月6日)の前の晩、

開扉され内拝できます。



金剛峰寺の北側、南院の向かい。


南院の波切不動は、毎年6月8日に御開帳。


さて、

千手院橋から東へ歩いて奥の院までは約3キロ。

途中の「かさ國」で、焼き餅と桜餅を店内の席で食べる。


一の橋からは奥の院参道、美しく清浄で荘厳な道。

参道の中ほど、中の橋近くにあるのが覚鑁上人縁の密厳堂。



ここで覚鑁さんはお不動さんになったのだろうか。


奥の院御廟前に着き、

石畳に三礼して拝む。

ここは日本の総菩提所。


現世で悟ってから涅槃に行くのが密教の思想、

ここはそれを感じる所。




 


[ 2018/03/16 16:23 | Comments(0) | 道草 ]
道草 上野から浅草編
池之端しのぶ亭で好楽師匠の落語を聴きたいねえ。

妻とそう話していたのだけれど、なかなか高座が入らない。

じゃあ、上野から浅草まで歩いて、蕎麦でも食おうか、

と出かける。


上野駅入谷口を出ると、目の前には岩倉高校。

子どもの頃、憧れていた鉄道高校。

岩倉の名は、あの岩倉具視。


親友Mは、

中学卒業後、岩倉に入って栃木から毎日通い、

今はJRの立派な運転手。

うらやましい人生を送っている。


あのころ、

学校帰りには毎日のようにMの家に寄り、

野球をしたり、鉄道の話をして過ごし、

暗くなるとMのおかあさんが

夕飯、食べていきな

と作ってくれた。麺類が多かったように覚えている。

昔は誰でも、

ちょっと遅くなると、友達の家で夕飯に呼ばれた。


その御母堂も数年前に亡くなり、

僕が導師を勤めた。



少し歩くと、昭和通りの向こうに東京の地下鉄で唯一の踏切がある。

銀座線の上野検車区内にあるもので、

運が良ければ、踏切を通過する黄色い電車と出会える。


バイク屋が多い昭和通りを北へ歩き、

言問通りとの交叉点近くにあるのが、恐れ入谷の鬼子母神。

鬼子母神は密教の訶梨帝母であり、

仏法守護神の一体。

有名な割には、小さな町の寺であり、法事が行われていた。


古いビルや看板が残る言問通りを浅草方面へ歩き、

かっぱ橋道具街の通りを右折して左にあるのが台東区中央図書館。


この中に、
 
池波正太郎記念文庫がある。

池波の挿絵を見て心満ち足り、

道具街を冷やかしながら浅草へ向かう。

人がだんだん多くなる。


一軒のそば屋へ入り、

熱燗ともり蕎麦。

客は多かったけれど、

うまくもまずくもない。


浅草「すし屋通り」にある入山煎餅へ寄る。

職人が一枚一枚丁寧に炭火で焼いているのを、

2枚だけちょうだい、

と言えば、焼きたてを紙にくるんで渡してくれる。

1枚130円。

東京らしい、歯が欠けそうな硬い煎餅。

こういうものなら、東京でもうまいものがある。


「まるごとにっぽん」で買い物をして、粟まんじゅうを食べ、

さて、

東洋館か演芸ホールへ入ろうか、と迷ってからやめる。

浅草寺横を通り、屋台で盛り上がっている通りを抜けて言問橋へ。

押上から電車に乗るつもりなので、

スカイツリーを目指して歩けば良い。


言問橋西交差点角にあるのが、八百屋「九州野菜せごどん都城」

レモン、きんかんを買う 。

九州のキンカンはうまい。


スカイツリー駅周辺も人が大勢いて、空気がもわもわしていた。

押上から京成電車に乗り帰宅。

携帯を見たら、

歩行距離18000歩


[ 2018/02/26 16:43 | Comments(0) | 道草 ]
道草 高輪橋架道橋編
あなたがもっとも好きな「天井が低い陸橋」はどこですか。


僕が一番好きなのは、

京浜急行・六郷土手駅南、多摩川の土手上に架かる部分 

二番目は、

近鉄南大阪線・恵我ノ荘駅東南、東除川沿いの道路部分 

そして三番目が

品川駅の北、泉岳寺駅近くの高輪橋架道橋。


ここが前二箇所と違うのは、

山手線東海道線など線路の数が多いから長い、

車が通る。



天井が低いから、列車が通ると轟音が聞こえる。

それがたまらない。


僕は布団の中、お堂の中、トンネルなど、

暗くて狭いところが好き。

胎蔵の慈悲に包まれているような気持ちになる。





車は高さギリギリ

背の高い人は腰をかがめて歩く

自転車は、

首を傾けたまま、やや前傾姿勢で走る。


山手線の新駅が出来れば、ここは無くなるのだろうな。


東へ出て北へ歩けば、

新芝運河沿いに緑地・遊歩道があり、

田町駅まで歩いて近い。

このあたりの住所は芝浦、


落語『芝浜』『品川心中』『居残り佐平次』

などを思い出しながら歩いた。

[ 2018/02/10 08:42 | Comments(0) | 道草 ]
道草 恵比寿編
恵比寿駅の南、

ガーデンプレイス内に東京都写真美術館がある。

今年の正月、長男と出かけ、

ユージン・スミスの写真展とゴッホの映画を観た。


その半月後

恵比寿駅東方 恵比寿橋近くの「NADiff Gallery」で、

森山大道の写真展「景」を観る。

このギャラリーは楽しい。


映画を観た後は、

その主人公と自分を重ねてしまうように、

僕も写真家になった気分で恵比寿の街を歩いて撮った。



恵比寿橋は渋谷川に架かる橋である。

都会の川はコンクリートで固められ、

川というより排水路のようだけれど、

水が流れていれば心が少し和む。

そして、

川を観ると、都市計画の不細工さがよく分かる。


情趣のない川が流れる町で、何か情趣を見つけようとする。

すると、

情趣ある人間になるだろう。


陽が暮れてきたので、

妻、長女と待ち合わせをしている 駅近くの「板蕎麦 香り家」へ。

太い田舎そばで熱燗をやってから、

恵比寿天窓.switchでTANEBIのライブ。


21時過ぎまで起きていることはあまり無いので、

久しぶりに夜景と夜空を眺めた。






[ 2018/01/29 10:46 | Comments(0) | 道草 ]
道草 小山駅編
 誕生日プレゼントで、

子どもらからCHROMEのカメラバッグをもらったので、

フィルムカメラ2台と交換レンズを詰めて近くの小山短絡線へ廃線跡探訪。 


上野方面から水戸線へ小山駅を経由せずに通っていた路線で、

小山駅の構内扱い。

直角三角形の斜辺を通ってショートカットする線形。

昔は常磐炭鉱の石炭を積んだ貨物列車や、

上野から水戸線にはいる急行「つくばね」も走っていた。



小山駅手前間々田寄りの分岐点近く。

進入禁止だけれど、道床は残り、

かつて線路があった、鉄道独特のカーブを眺められる。


小山駅では、

新幹線、東北線(宇都宮線)、水戸線、両毛線が接続し、

各ホームに居ればいろいろな車両が楽しめる。

12,13番線上りホームに昔ながらの立ち食いソバのスタンドがある。



 昨今、

立ち食いのくせに本格的な素材を売りにしている店があるけれど、

どうなのだろうか。

お祭りの屋台で売っている焼きそばやタコ焼きは、

そこで立って食うからうまい。

そういう類は、

豚肉もキャベツも麺もタコも、

高級高価でないものを使うのがいい。

外で、立ったままで、安直な器で食べるものは、

うまくないほうがうまいような気がする。

家で、店で、坐って、選ばれた器で、センスと技術がある人が作ったものを食べるのとは、

分際とか分限とかが違う。身の程である。


こだわりとは執著煩悩だから、

誰にも言わず、分からないように隠すものである。

なのに、

こだわりを堂々ともたれると、

こちらが気恥ずかしくなる。




[ 2018/01/16 12:57 | Comments(0) | 道草 ]
道草 地下鉄銀座線
地下鉄の車両は、どこから入れたのでしょうねえ、

それを考えると一晩中眠れない

という漫才が流行ったのが約40年前。


日本最初の地下鉄、銀座線が開通して90年になるようですね。

僕は営団地下鉄という名称が好き。

正式には帝都高速度交通営団 。

今は、

東京メトロなどという軟弱な名前になってしまった。


34年前、

昭和58年秋のある日、

僕は都内の地下鉄を乗り歩いていた。



銀座駅 1700形


あの頃はホームでタバコが吸えた。



2000形+1600形 この編成が多かった。





銀座線と丸ノ内線では、

駅に着く前のポイント通過時に室内灯が消える。

それが何となく楽しかった。


車内にもホームにも冷房は無かったけれど、

それほど暑かった思い出は無い。

そして、

車内にもホームにも、

いろいろな人がいた。

今は、同じような人が多い。


あの頃は、

不良とマジメなヤツと、その両方と仲が良いのがいて、

強いのと弱いのとその中間が一緒に生きていて、

いろいろなことがうまくいっていたような気がする。




※拙著

『子どもたちの 子どもたちの 子どもたちへ -プラス穀菜食料理レシピ集』 

『穀菜食の舎・須永家のお弁当レシピ』 

『おいしい料理』 

yahooショッピングでご購入いただけるようになりました。
https://store.shopping.yahoo.co.jp/hakushindo-store/f1c9bbdacb2.html



[ 2017/12/24 07:14 | Comments(0) | 道草 ]
道草 富士山編
いつもは直進するけれど、

たまには右か左に折れてみる。

するといつもと違う風景がある。

これが道草。

しなくてもいいことをする、

行かなくてもいいところへ行く、

なぜそうするかといえば、面白いからである。

僕の人生も道草が多く、

なかなか目的地へ着かない。


富士霊園に義父母が眠っているので、

時々お参りに行く。




富士山がきれいに見えるのは稀である。


新幹線でも、

富士川鉄橋以西で大きな姿が見られるけれど、

曇っていることが多い。

羽田から西行きの便に乗れば、

眼下に富士山を見ることができるけれど、

これも雲で隠れていることが多い。


車では、

東名高速で厚木を過ぎればどんどん大きく近づく富士山が見える。

これも晴れていれば、である。


今回は墓参りの後に、

沼津方面長泉町のIZU PHOTO MUSEUMへ行き、

「澤田教一 故郷と戦場」展

を観る。

若い頃、

尊敬する人物と云えば、ロバート・キャパと沢田教一だった。

12月25日(月)まで開催、皆さまにお勧めします。

http://www.izuphoto-museum.jp/ 

http://www.izuphoto-museum.jp/exhibition/217700371.html


一緒に行った娘から、

富士山の名物は何?

と聞かれたけれど、特に思い浮かばなかった。


周辺にうまい蕎麦屋がある。

「おもだか」は満席で人が並んでいたので、

「ふく田」で、娘は天せいろ、妻はお菜附きのもりそば、

僕はもりを二枚。

十割そばで天然わさびである。


















[ 2017/11/14 09:28 | Comments(0) | 道草 ]
道草 西銀座編
ガード下が好きである。

なぜかといえば、

列車の走行音が聞こえるから。あの音で心弾み胸躍る。

鉄道はその構造上、

カーブが緩やかで優しく、

道床の幅も車が走る道路の半分以下で、環境に優しい。

しかし、

レールも車両も重たいから、

その造りは頑丈で堂々としている。

気は優しくて力持ちなのである。


国会図書館の帰り、

地下鉄有楽町線有楽町で下車。

日比谷側に出て南へ歩く。

僕が若いころ、

日比谷は映画を観に行く街で、

飲みに行くのは数寄屋橋側のガード下だった。


有楽コンコースを左に見て、晴海通りを渡る。

もつ焼き「登運とん」があるガード下に入る。

さあ、

昼間から飲める極楽街の始まりである。

隣はてんぷら「天米」

その隣を右折して、ガード下通路へ。



配管がむき出しで、壁は工事中。

狭い通路の両側に飲食店が並び、

あの、昼間の酒場のにおいがする。



引きずり込まれそうな「有楽町産直飲食街 ぶんか横丁」
http://www.sanchoku-inshokugai.com/yurakucho/

を過ぎ、帝国ホテルがある通りに出る。

その道を渡ると「インターナショナルアーケード」「新橋駅近道」の看板。



この先は店が少なく、事務所と元事務所が並び、壁は崩れたように汚く、

破れた大きなポスターが、気味悪さを演出している。

さっきまでの、

汚い、臭い、うるさい通路から、

薄暗い、湿っぽい通りに変わる。

ここは、

西銀座JRセンターという名称らしく、ガード下だから当然、JRの敷地である。

車は進入禁止、二階へは立ち入り禁止、通路にトイレなし、写真撮影も禁止。

昭和の文化遺産としてもらいたい場所である。

しかし、

人通りはずいぶんある。近道をするサラリーマンや学生だろうか。


半地下の駐車場を抜けると新橋側の出口。

ここから先のガード下は通れず、

東か西へ折れて、線路の両側の道を歩いて新橋駅へ向かう。

明るく賑やかな都会の風景が現れる。



[ 2017/09/22 08:26 | Comments(0) | 道草 ]
道草 船橋編

しいたけは春秋に採れますが、


その間はキクラゲが旬。


比較的陽性で、カルシウムがリンの倍以上あるから、抗酸化に優れている。


 


きくらげと油揚げのあんかけ



それはさておき、


久しぶりにサイクリングに出かけた。

快晴で風が涼しい朝、

息子の自転車を借りて8時50分に出発。

まずは船橋市医療センター近くの北谷津川を目指す。

船橋は人口60万を超す都会だけれど、この辺りは畑や森が多い。そして坂が多い。

用水みたいな川だけれど魚も泳いでいる。

両側の道は柵がないから開放的で走りやすい。

念田川と合流して八栄(やさかえ)橋からは海老川となり、

両側は桜並木で、春は美しい。

川にかぶさるように枝が伸びているから、花筏もたくさん流れる。

両側に歩道があり、ジョギングの人が大勢。

下って海へ向かうけれど、サイクリングロ-ドではないので、歩行者ランナー優先。

市場を通り抜け、JRや東関東道をくぐり、河口の船橋橋に来ると、もう海である。

この辺りが本来の船橋、貝と海苔の産地。 

船橋は船を並べて橋としたものだけれど、船橋橋というネーミングはすごいなあ。


南へ向かうとららぽーと。昔の船橋ヘルスセンターがあったところ。

ここまで約7キロ


さらに倉庫が並ぶ埋立地を進む。

海に接した波止場や岸壁は立ち入り禁止なのだけれど、釣りをしている人が多い。

さらに太平洋方面へ走ると、

三代目南極観測船「しらせ」が停泊している。



船は大きく、見ているだけで気分が良い。

この岸壁も進入禁止だけれど、船内は時々公開され、

向かいにあるサッポロビール園からの見学ツアーもある。


ここから東南の幕張方面へ進む。

倉庫の町を抜けると広い通りに出て、

ラウンドワン やイオンが並ぶ通りは、ランニングとサイクリング用の道も沿っているから走りやすい。

千葉マリンのスタジアムを過ぎて、幕張の浜へ。


自転車を止めておむすび休憩。

ここは遊泳禁止の浜だけれど、散歩や砂遊びには楽しい。

眼を細めて海の向こうを見ると、サンフランシスコの金門橋が見える(わけがない)


帰りは成田街道を走る。歩道橋や上り坂が多い。

行列のラーメン屋がある。

ラーメンはそれなりにうまいものだけれど、

あれは本当にうまいのかどうか、よくわからない。

だんだんお尻が痛くなり、立ちこぎしながら13時半に帰宅。

走行距離は約30キロ。


[ 2017/09/05 16:27 | Comments(0) | 道草 ]
道草 神宮球場 編
都心の球場では神宮球場が好き。

ヤクルトスワローズの本拠地ですが、同時に学生野球のメッカ。


『 Number』 Web版には、 

 日本の野球はアマチュア野球から始まった。プロ野球が発足するまでにアマチュア野球が人気となり、とくに東京六大学野球が日本の野球人気の中心にあった。

 1936年に職業野球連盟が結成されたあとも、人気は圧倒的に六大学野球にあり、プロの人気が六大学と並ぶのは、やっと長嶋茂雄の登場からである。 

 いつも、プロ野球側にはアマチュア野球に対する強い劣等感があり、アマ側からすればプロに対する不思議な蔑視があった。 
http://number.bunshun.jp/articles/-/826933?page=2 



青田昇 著『サムライたちのプロ野球』には 、

 いちばん人が集まったのは東京六大学の野球であり、日本で最高の試合は早慶戦だった。
職業野球を見る人の数は限られており、それはまだ特別なマニアのものだった。

とあり,

その職業野球を国民的人気のプロ野球に変えたのが大下のホームランだと云う。

 
『大下弘 虹の生涯』(辺見じゅん著)の帯に書かれているのは、

「戦後、廃墟の空に虹のようなホームランを放って、
人々のこころに希望の灯をともした男がいた」


巨人、西鉄、大洋などの監督をして、魔術師と呼ばれた三原脩は、

「日本の野球の打撃人を五人あげるとすれば、川上、大下、中西、長島、王。

三人にしぼるとすれば、大下、中西、長島。

そして、たった一人選ぶとすれば、大下弘」

と言っています。(『さよなら平和台 夢を思い出をありがとう』西日本新聞社)


それまでの野球では、

打撃は川上の弾丸ライナーのように引くく強い打球を打つのが理想で、

高く上がるフライは取られればアウトになるだけの打球。

それを大下は外野スタンドまで持って行くホームランにして、

ファンは熱狂。


大下は豪快でやんちゃ、

置屋にバットを常においていたとか、

飲み屋や遊郭からそのまま球場に行って、泥酔したままホームランを打つような逸話が多いけれど、

残されている日記を読むと、どうも違うみたい。

それは毛筆の達筆で、写経のように書かれています。

純情で緻密、近所に住む老人や子どもたち、町内会の人に愛されたらしい。

そして、

大下が特攻隊員であったことを始めて知りました。

死ぬべき人間だったものが、どのように野球に、人生に打ち込んだのかは想像できない。


日記は、

『大下弘日記―球道徒然草』 (ベースボールマガジン社)

『「文芸春秋」にみるスポーツ昭和史 第1巻』(大下弘「青バット日記」 山口 瞳.著)

で読むことができます。

また、

大下が書いた『野球読本』(少年選書)は、

国会図書館デジタルデータで観ることができますが、これがすばらしい。



さて、神宮球場。

JR信濃町駅を出て左手のコンビニで買い物をして、その前にある歩道橋を渡ります。

春には階段上に満開の桜が覆いかぶさるように咲いている。

階段を降り、ビルを抜けて神宮外苑へ。左に森のビアガーデン。

次の信号を右折すれば右手に絵画館。この前の広場が大きく、いろいろな色の桜がある。

野球場の手前にバッティングセンター。現役投手の映像から球が飛んでくるのが楽しい。

バッティングセンターは短時間にストレス発散が出来る場所で、肩こりや二日酔いにも効果的。


球場に入ると、ここはグラウンドと客席が近いから臨場感があり、

何より屋外だから気持ちが良い。ドームとは違う。



レフト応援席からマートンも近かった。


大声で応援するスポーツ観戦はストレス解消に非常によろしい。

大声とともにトラブルも飛んで消える。大空と一体になる。無染無着と云っていい。


ナイター後には、信濃町駅前にラーメンの屋台が出て、

両チームのユニフォームを着たファンが、肩を並べて食べています。



[ 2017/07/30 09:23 | Comments(0) | 道草 ]
道草 奈良木 編
JR郡山駅からバスで15分

朝日3丁目で降り、郡山保健所方面へ向かって歩き、

左にJAが見えた所で、右側の長屋のひとつにあるのが「奈良木」

てんぷら屋さんです。
 

息子ふたりを連れて行くときは、

電話をしてカウンター席を予約する。
 
そうしないと、息子らが何回もおかわりするので、ご飯がなくなってしまう。


ここがうまいのは、すべての温度がちょうど良いから。

ご飯が、いちばんおいしい温度になっている。

味噌汁(しじみ汁)も、いちばんうまい温度で出される。

もちろん、

最初のお茶も、ビールもお燗も。

季節に応じておいしい温度で出てくる。


テンプラの種は豊富で、

野菜は自家農園の採りたて。だから、旬のものがうまい。

油消しに、

大根おろし、自家製のなますとヌカ漬け。これらもお代わりをする、うまいから。

都会の有名店でも、

この油消しが足りない店がほとんどである。


天つゆの他、カウンターには醤油、塩、岩塩が置いてある。

「これは塩で食べてください」

なんて失礼なことは何も言わない。

どう食べてもうまいように、

大将は黙々と揚げる。

そして、

頻繁に油を濾して入れ替える。常に透明できれいな油で揚げている。


酒の種類も豊富で、会津や東北の一級品を揃えており、

どの酒も、注文どおり燗をしてくれる。

これは冷やです、お燗はできません、などと失礼なことは言わない。

お金をもらう、というのはこういうレベルのことなのだろうな。



息子らは揚げたてを自分好みで食べ、ご飯をお代わりする。

うまいものを食べるのは楽しい。


僕は38年前、高校3年生の夏休み、

一ヶ月ほど南米べネズエラのマラカイという町の空手道場にホームステイをしていた。

大将もそのころ、隣のカラカス市でテンプラを揚げていたらしい。








[ 2017/07/21 09:55 | Comments(0) | 道草 ]
道草 大佐倉編
ウグイスの鳴き声が変ってきた。

春とは違い、あきらかに上手に、法華経に近くなっている。

合間にヒバリやキジや知らない鳥も鳴く。

でも、

数年前からカッコウの声が聞こえなくなった。

格好の住処だった木々が減ったからかな。

もっと木が少ない都会は、ウグイスもいないのだろうな。


それはさておき、
 
千葉県佐倉市は東京から見て成田の手前。

城下町で寺町もあり、

印旛沼を中心に、多くの原始古代遺跡がある。 

有名なのは国立歴史民俗博物館。


古い町並みが残り、古書市も立ち、歩くのが楽しい。

丸ポストも多い。



吉田書店前のポスト




市の中心にある京成佐倉駅の隣が 大佐倉駅、次は 京成酒々井駅。

駅舎は無い。

下り線(成田空港方面)ホームに小さな事務室があるだけ。

駅前広場は無い。

すぐに路地。

跨線橋は無い。

上り線(京成上野方面)ホームへは構内踏切を渡る。


ダイヤは日中で一時間に3本。

回送列車もあるので頻繁に走っている 。

一日平均乗降人員は京成線全駅中最下位。



駅の周辺は住宅地、空き地、森、丘。

住宅ではなく、木のある丘が嬉しい。





足を洗える高さに水道がある。

通過するのは京急ブルースカイトレイン。

京成には京急のほか、都営地下鉄、北総鉄道の車両も走るから楽しい。





木のベンチが懐かしい。後ろは木々が覆う。

ここでは、

ウグイスの声が聞こえる。




[ 2017/06/28 15:57 | Comments(0) | 道草 ]
道草 常総編
常陸国と下総国をあわせて常総と云う。 今の茨城県と千葉県。

現在、常総地方と云えば、

茨城県南西部、守谷市、つくばみらい市、取手市、常総市あたりを指す。

甲子園でお馴染みの常総学園があるのは、少し北の土浦市。


僕がいる栃木県南部から上京する時は、

車なら国道4号線、または筑波山を眺めながらの国道294号線

鉄道ならJR宇都宮線、東武スカイツリーラインなどいくつかルートがある。

過日、

千葉県船橋から栃木まで、一度乗ってみたかったルートで帰った。


高根公団から新京成電鉄・松戸行に乗車。

新京成沿線は工事中が多い。もっとも、日本は僕が生まれてからずっと工事中だ。

新鎌ヶ谷で東武野田線に乗り換える。

今は、東武アーバンパークラインという。

名前というのは、それが何であるか耳で聞いて分かるものが良い名前・言葉である。

野田線なら野田を経由する路線と分かるけれど、アーバン何とかでは何だか分からない。

やたらと横文字にするのは頭が弱い証拠だ。

柏でJR常磐線に乗り換え取手へ、ここから茨城県。

 12:00発の関東鉄道常総線に乗る。これは国道294号線にほぼ沿う。

複線電化でレールも太い常磐線から、

単線で細いレールが左に分かれてカーブする景色には情緒がある。


ここから水海道までは15ヘッドで発車する。非電化のディーゼルカー。

乗客は多く、ロングシートの座席がほぼ埋まっている。

本数も乗客も多いのに電化していないのは、

近く(石岡市柿岡)に地磁気観測所があり、観測に影響を及ぼす直流電化ができないからだろう。

常磐線が乗客の多い土浦はなく取手で直流から交流になり、

つくばエクスプレスの守谷ーみらい平に交直セクションがあるのも同じ理由。

交流電化は車両費が高価になるので、関東鉄道は非電化のままなのだろう。



沿線は平将門ゆかりの土地。

非電化で複線なので架線が無く、運転席から見える景色が広い。
 


水海道で乗り換える。

駅でも空間が広い。






バブルが過ぎるころまでは、

そこそこの町には必ずキャバレーがあり、大規模な店をグランドキャバレーと云った。

夜は華やかだった。

今はおとなしく、精気の無い機械的な町が多い。


水海道からは単線で、客層も変わる。

車内で子どもが走り回り、

鼻毛を抜くおっさん、原色の服で髪を紫に染めたおばちゃん、都会よりがっちりした高校生など。

 
車窓には麦畑が拡がる。

5月には、黄金色の麦と青田の緑の対比が美しい。


石下を過ぎると右手に筑波山が見える 。

標高877メートルの低い山だけれど、広大な関東平野にそびえるから存在感がある。


下館でJR水戸線に乗り換え。

下館から二つ目、川島駅北の専用線廃止跡を眺め、

小田林を過ぎて小山に近づくと交直セクション。これも地磁気観測所との関係。

小山駅構内へ向かって右へカーブするあたりで、左へ分かれる廃線跡が見える。

これは、急行「つくばね」が走っていた水戸短絡線。

グリーン車も連結した455系だった。


小山で宇都宮線下りに乗り換え、次の小金井で下車。

帰宅して晩酌。






[ 2017/06/24 08:57 | Comments(0) | 道草 ]
道草 新大阪駅編
ホクロの質問が続きまして。

ホクロは大げさに云えば血管腫ですが、食養的に見れば糖分が燃焼した跡です。

それ自体はツヤがあれば血がきれい、ということ。

その場所と臓器が関係しているということ。

問題なのは大きさとツヤが無い場合ですが、余り気にしなくて良い。

運勢とは関係なく、糖分の摂取と内臓との関係があるだけです。

ある程度歳をとったら、アゴをきれいにするほうが運が良くなるでしょう。

アゴは腎臓系、酸味と野菜できれいになります。これからの時期、たくさん発汗することもよろしい。

法冷線は足腰の様子なので、消さないほうが足腰がしっかりして運が良くなる。

あとは、枕カバーを毎日取り替えることかな。


それはさておき、

東京から東海道新幹線に乗ると、

小田原酒匂川の橋、熱海の海、富士山、大井川、天竜川、浜名湖、木曽川、長良川、揖斐川、
関が原、米原の鉄道総合研究所、瀬田の唐橋、東寺の五重塔、山崎のサントリー、鳥飼の車両基地と眺めているうちに新大阪に着く。あっという間。




ここで泊まることが多い。

北のメルパルク向かいにあるヴィアイン・ウエストは、部屋は狭いけれど朝ごはんが上品。


ゆったり過ごせるのが、西にある大阪ガーデンパレス。

駅北口より無料シャトルバスで約3分。

向かいのビルに「天然温泉 ひなたの湯」があり、

土曜日以外は朝6時から入ることができる。


南方のクライトンは比較的安価で大浴場がある。サラリーマンが多い。


駅直結のレム新大阪には、トレインヴュールームがある。


新幹線ホームから降りると、

2階東南側通路の「アモール パントリー」で、夕飯のお酒と食べ物を買う。

自然派の弁当や無添加の漬物、良質な豆腐があり、酒の品揃えもよい。


時間がある時は、

2階 西側の本屋「リブロ」に立ち寄る。

ここは、雑誌のバックナンバーやローカル出版の本も揃って楽しい。


ほとんど外食はしないのだけれど、

人と会ってしょうがない時は、1階と2階にある「うどんすき 美々卯」

大阪らしいものが食べられる。


晴れた日は、

南口にあるJR西日本のレンタルサイクル「駅リンくん」で自転車を借りて仕事へ向かう。一日350円


新大阪駅新幹線ホームは8本あり、東海道・山陽・九州の各車両が見られて楽しい。




新大阪はドクターイエローに会う確立が高い。

上り下りとも、ドクターイエローが新大阪駅に到着すると、一旦鳥飼車両基地へ向かい、

その後また新大阪駅へ戻り、運転手が交代して目的地へ向かう。

なので、停車時間も比較的長い。


ダイヤは非公開だけれど、

下りは14時から16時くらい
 
上りは13時半から16時半くらい

に見たことがある。







[ 2017/06/14 09:00 | Comments(0) | 道草 ]
道草 池袋編
何年か前、

お世話になっている先輩と池袋北改札にある「いけふくろう」で待ち合わせをした。

このフクロウ像は栃木の芦野石である。

先輩と奥様と3人で、西口の酒場「ふくろ」で飲んだ。

ここは朝から飲める店だけれど、夜勤明けの人が多く、携帯禁止、口論禁止、泥酔禁止の店なので客層が良い。

冬は湯豆腐がうまい。

都内の酒場では、

上野の大統領、錦糸町の丸源とともに僕のお気に入り。


僕は高卒後、上京して小田急沿線の学校に通ったので、新宿にはなじみがあったけれど、池袋はあまり知らなかった。

池袋は立教の街で、

寄席があって、

どちらかといえば汚い危ない街

と思っていた。

それに、

池袋を起点とする東武、西武より、新宿の小田急のファンだった。


 東のサンシャイン60、西のメトロポリタンができてから、池袋の印象が変わった。おしゃれになったような気がする。


就職して3年目、仕事場が池袋になった。

東口のビル、NTT関連会社のマシン室で、M380という大型コンピュータのOSを担当。

だから、昼ごはんも夜の一杯もたくさん通ったのにあまり覚えていない。

一軒だけ、西口の立ち食いそば「君塚」が印象に残っている。

ここは新宿思い出横丁の「かめや」とともに、レベルが高い。


東京23区内には、地面に立つ赤い丸ポストが3本ある。

帝釈天門前、 両国江戸東京博物館前、上野下町風俗資料館前。

池袋西武7階の簡易郵便局には、ビルの中に丸ポスト。

ハウス栽培とか、家の中で飼うペットのような感じがする。


会社を辞めて高野山に上ることにした時、

職場の上司、先輩、同僚が毎日飲みに誘ってくれた。

応援してくれる人、引き止めてくれる人、うらやましがる人、それぞれだったけれど、

僕を気にしてくれていることが嬉しかった。

ある日、店から出てサンシャインを見上げると、

雲につきささるように上階は隠れていた。






[ 2017/05/24 06:56 | Comments(0) | 道草 ]
道草 上野駅編

当地も春らしくなってきました。

 今日は婁宿。何かを急いで片付けるのに良い日です。


今年は母校の100周年で祝賀会があるのですが、当日55日は金曜張宿で金剛峰日。


その前3日は水曜柳宿で甘露日。

どちらも吉祥日。


日々是好日で拝めばいつも吉日になるのですが、暦でもおみくじでも、吉祥とあればなんとなく嬉しい。




それはさておき、


上野は終着駅。


僕は栃木育ちだから上京して着くのは上野駅。そこには今でも井伏鱒二『駅前旅館』のイメージがあります。


もっとも上野駅らしいのが13番線から17番線までの頭端式地平ホーム。


行き止まりの線路が並び、終着駅の風情がある。


東北新幹線が開通するまでは20番線まであり、東北へ向けて特急列車が発着していました。


東京駅や新宿駅にはこれが無いから風格に欠けるんだなあ。





昭和60年ころの14番線。「つばさ」秋田行き


 







上野には赤帽さんが大勢いて、 ターレーも行き交っていた。


 


 上野で時間があればまず15番線ホーム終端の啄木碑を眺めます。


 ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく


 この右後ろには朝倉文夫作「三相 智情意」の彫像。


  


上野駅中央改札口を出て振り返れば、猪熊弦一郎の壁画「自由」


 


四国丸亀に猪熊弦一郎現代美術館があり、


 京都東山五条の河井寬次郎記念館とともに、僕のお気に入り。



昔の改札口には、列車の出発案内が居酒屋の舌のようにならんでいました。

この改札口に向かって右側券売機の上には、平山郁夫のステンドグラス「昭和60年春 ふる里日本の華」があります。


 



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拙著。どうぞお求めください。


 
『望診法講義録 人相遍』
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『望診法講義録 手相編』

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[ 2017/03/29 07:30 | Comments(0) | 道草 ]
道草 有楽町編

国会図書館で調べ物をして、永田町から地下鉄有楽町線に乗り有楽町で途中下車。

大学3年生の時、駅前にマリオンという強大なビルが出来た。

その中の映画館で、ビールを飲みながら洋画を見るのがおしゃれなことだと思っていた。


会社に勤めている頃、

退社後に新橋寄りのガード下でよく飲んだ。保健所は何も言わないのか、と思うような汚い店もあったけれど、

「月の桂」の濁り酒を頼み、足が立たなくなるまで飲んだ。

結婚する前の妻にも、足が立たなくなるまで飲ませた。


特別な時は、

今は無い月光荘ギャラリーでホログラムを見てから、粋な鮨屋「きよ田」で熱燗。

この店は今でもあるみたい。


各県のアンテナショップが並ぶ交通会館の3階テラスに出たら、

そこは新幹線を見るために作られたような場所だった。






時速300キロで走る新幹線を間近に見られる郡山の「こどものもり公園」を思い出した。


明日はJRのダイヤ改正。

烏山線のキハ40形1000番台は今日がラストラン。



明日からは全列車が蓄電池駆動電車のEV-E301系になる。


僕が好きな、秋田の583系も廃車になる。



どちらも国鉄時代からの車両。


[ 2017/03/03 07:51 | Comments(0) | 道草 ]
道草 石橋編
僕が育った栃木県下都賀郡国分寺町は、

2006年に隣接する石橋町、河内郡南河内町と合併して下野市となりました。

僕は旧石橋町にある石橋高校出身。

この辺りは下野国分寺があった所で、旧南河内町には東大寺戒壇院、筑紫観世音寺とならぶ三戒壇のひとつ、下野薬師寺跡があります。

日本仏教史上重要で、あの道鏡が左遷された寺でもある。

周辺には壬生、祇園などの地名があり、朝廷や関西との関係がしのばれます。


それはさておき、

先週、鳴門長谷寺の涅槃会で、上方落語の笑福亭学光さんとお会いして一献。

その際、

数年前に四国へ渡るフェリー内で、元栃木県警刑事さんのお遍路さんと出会い、

その人が今、栃木でうどん屋さんを始めているから訪ねてごらんなさい、おいしいよ

と聞きました。

お店の場所がよくわからないので、

高校の同級生で近くの交番に勤務しているコグチ君に聞いたら、

すぐ近くだよ 、高校の先輩だよ

と教えてくれた。


早速伺いました。我が家から車で16分、石橋高校からも近い。


うどんは注文してから15分ゆでる。四国ではその間にてんぷらやオデンを食べます。

食べてみました。

四国の味がして、おいしかった。

ごぼうは栃木の名品を丸ごと揚げている。


当地でお四国の味に出会えたのが嬉しい。

みなさま、どうぞお越しください。


[ 2017/02/21 08:50 | Comments(0) | 道草 ]
道草 松江編
妻が友人と雪の出雲へ旅行して、その話を聞いた後、

続けて読んだ『日本の町』(丸谷才一、山崎正和)、『阿呆旅行』(江國滋)両著に松江の話が出てきて、いろいろ思い出した。

初めて松江に行ったのは昭和53年12月、16歳の時。

同級生MとY両人との旅。

東京から今は無きブルートレイン24系「出雲」のB寝台に乗り、

三朝、玉造と温泉に泊まってから松江に出た。

帰りはキハ82系特急「まつかぜ」。当時の山陰本線を代表する列車で、食堂車の銀色の食器が印象的だった。


数年前に数回、

松江駅近くの「自然食品 ひまわり」という素敵な店に呼ばれて精進料理を作った。



この店の隣に万年筆専門店がある。


その際、

一度目に泊まったのが宍道湖畔の旅館「松平閣」

ここは料理も温泉も、庭から見る宍道湖の夕陽もすばらしかった。

二度目からは「ホテル一畑」に泊まり、最上階の大浴場から宍道湖を眺め、

夕陽を眺めるためのタクシーに載った。

宍道湖のシジミは春秋が旬で、太ってうまいらしい。

宍道湖畔の道は風景を邪魔しないように作られ、

宍道湖大橋を下駄で渡ると、歯と石が当たる音が美しい。

湖畔の島根県立美術館には、

北斎、広重の他、僕が好きな森山大道の「光と影」がある。

そして、

この美しい町の北15キロに原発がある。


帰りは松江駅前で晩酌してから、サンライズ出雲のシングルデラックス(A寝台)に乗る。

洗面所とデスクがあり、ちょっと仕事もできる。



名古屋通過




川崎手前でサンライズ






[ 2017/02/18 08:02 | Comments(0) | 道草 ]
道草 横須賀編
インフルエンザが流行っていますが、

そのウイルスも症状も陽性なので、陰性な飲み物が効果的です。多いほうが良い。

それから、下半身を温め、よく眠って免疫力を下げないようにすれば、なおよろしい。


それはさておき、

縁があって横須賀方面へ拝みに行くことが多い。 

自宅から車で行くときは

五霞で圏央道へ入り、東北道首都高を通って横浜横須賀道路に出るけれど、

湾岸を通るか、横羽線か

三ツ沢経由か、幸の浦へ出るか

経路がいろいろあって楽しい。


横須賀は坂が多い。行き止まりの谷のような地形で、

四国の棚田みたいな土地に住宅街がある。

昔は雪や凍結があると、坂道は滑るので側溝を歩いたらしい。


ここは海軍の街、神奈川県は沖縄、北海道の次に米軍基地が多い。

小学生のときに戦艦三笠を観て以来、僕は船のファン。横須賀・汐入付近で巡洋艦、護衛艦、イージス艦、時には空母も見える。

もちろん、戦争には反対である。世界平和を毎日祈願している。


市内のコンビニには葉巻や外国タバコ、アメリカのチューインガムが売られている。

街を歩くと、海兵隊員や海上自衛官ともすれ違う。米兵は気さくで、日本の若い自衛官は姿勢が良く礼儀正しい。 


自衛隊工科学校に合格したけれど、田舎の高専に入学した息子の同級生が二人いる。

親御さんの意向だろうか。僕がその立場なら、子に何と言うだろうか。


横須賀にはJR横須賀線と京浜急行が走っている。

横須賀線は東海道線より格が上である。

古都鎌倉、御用邸がある葉山に近い逗子、帝国海軍のある横須賀と東京を結び、皇族軍人文化人が利用していた。車両も高級で、電化も東海道線より早かった。

昔、横須賀線のサロ85というグリーン車が、クハ77に改造されて家近くの両毛線で走っていた。

その車内はソファのような座席で乗り心地が良かったのを覚えている。元は海軍高官が乗るための車両だった、とマニアのおじさんから聞いていた。


左から2両目がクハ77(1977.11.20 思川付近)


追浜、衣笠、横須賀中央駅近くの道路沿いには、歩いてみたいアーケード街がある。

シャッターを閉めている店も多いけれど。
 

生活するには不便な地形のためか、横須賀市は人口流出が深刻らしい。

住んで快適なのかどうかは分からないけれど、

出張で行くには、とても魅力的な街である。









[ 2017/01/26 13:51 | Comments(1) | 道草 ]
道草 柴又編
京成電鉄柴又駅で妻と待ち合わせ。

駅前からすぐに帝釈天の参道だけれど、高砂から歩いてくる人も多い。

門前参道商店街を歩いて帝釈天へ。山門前に丸ポストがある。



寅さんで有名なここは日蓮宗のお寺、正式名称は経栄山 題経寺。

本堂でお参り。内殿外側にある十二支などの装飾彫刻が見ごたえある。


仏さまには如来、菩薩、天と種類があり、

持国、増長、広目、多聞(毘沙門)の四天王や、

弁財天、吉祥天、大黒天、聖天などが天部の仏さま。

元々はバラモン教などの神々で、仏教に取り入れられ、仏教を守護する護法神となった。

仏教の教えを信じ、実践する人々をも守る。

密教では等流法身(とうるほっしん)と呼び、

大日如来から等流したもの、それぞれの心安い姿になったもの。

大日如来とは、自分の心の真実を知った自分自身。


帝釈天は東方を守護する仏で、元は古代インドで最も人気のある英雄神・インドラ。

お釈迦さまが悟りを開いたときに、梵天とともにその悟りの内容を人々に説法するよう要請した。 

京都・東寺講堂の立体マンダラには、美しくかっこいい梵天と帝釈天がいらっしゃる。


帝釈天の宮殿は、結び目が宝石になっている網で飾られており、

その宝石は互いを照らし映し合い、全体が美しく輝いている。

僕らも結び目の宝石と同じで、他とつながり照らしあっている、とけあっている

というのが悟りの世界。


参道に戻り、

ハイカラ横丁で10円ゲームをして、

高木屋でおでんと熱燗。

吉野家の草だんごはヨモギの香りがとても強くてうまい、一粒単位で売っている。
 
立花屋の硬いせんべいを歩きながら食べ、

浅野屋でお土産のせんべいを買う。


帝釈天の裏、東へ回り、書院庭園で有名な山本亭を抜けて江戸川へ。

ここから対岸の松戸へ「矢切りの渡し」に乗る。片道200円。

太った犬が同乗。客の間を歩き回り愛想がいい。



矢切は伊藤左千夫の純愛小説「野菊の墓」の舞台。

それにちなんだ「野菊のこみち」があり、

ネギ畑の農道だけれど、気分良く歩ける。野菊は咲いていない。


「民さんは野菊のような人だ」

そして、

民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられた。


小説の景色を思い浮かべながら

北総鉄道矢切駅まで30分ほど歩き、電車に乗って帰宅。






[ 2017/01/17 08:05 | Comments(0) | 道草 ]
道草 永田町編
本日朝5時より、納めの不動明王護摩供を修法し、皆様の平安をお祈りしました。

「2017年 ご祈祷のご案内」
http://shintenan.syoyu.net/%E7%9C%9E%E5%A4%A9%E5%BA%B5%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%A1%BE%E3%83%BB%E5%AF%86%E6%95%99%E5%A1%BE/%E7%A5%88%E7%A5%B7%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85  


さて、

ちょっと調べたいことがあり、国会図書館へ。

地下鉄半蔵門線に乗って永田町へ。

ここを走っている8000系は僕の好きな車両。



千代田線の6000系や有楽町の7000系と似ているけれど、ちょっと違う。

以前は帝都高速度交通営団、略して営団地下鉄と云う立派な名前だったのだけれど、

最近は東京メトロなどと軟弱な名になっているのが気に入らない。


永田町下車、2番出口を出ると国道246号国会図書館前交叉点。

国会議事堂の裏。議員会館と反対側に民進党のビルが見える。

霞ヶ関にはカンリョーという魍魎が住んでおり、

ここ永田町にはセイジカーという妖怪がいるらしい。 


東の皇居方面に歩いてすぐ、左側が国会図書館。

新館で利用者手続き。

IDカードを作ってもらい、館内でもインターネットでも、このidで検索できる。

本館へ行くと、端末がたくさん並び、大勢の人が調べたり勉強している。 ものすごく広い。

僕が探している本は貸し出し不可で、デジタルデータを画面から読む。

画面から必要なページを端末から複写依頼。資料のトリミングや色の濃淡も指定できる。

プリントアウトカウンターで料金を払って受け取る。

支払いはSUICAでもEddyでもnanacoでも、いろいろ可能。


欲しかったものが手に入るのは、それがコピーでもとても嬉しい。

大切に抱えて外へ出る。

今回は利用しなかったけれど、ここの食堂はかなりすごいらしい。

国会丼や国会カレー、富士山盛りそばなど、豊富で楽しいメニューが安い価格で食べられる。

もちろん、誰でも使える


永田町から半蔵門線に乗り錦糸町まで。

南口へ出て、丸源へ。

店内は立ち食いそばゾーンと立ち呑みゾーンがあり、二階には普通の食堂もあるみたい。

立ち呑みカウンターでは、昼でも大勢の人が飲んでいる。メニューは豊富。ちゃんと板さんがいる。

近くに場外馬券売り場があるからか、というわけでもなく、老夫婦や若いカップルもいる。

熱燗を一本だけ飲み、

スーパーでがんもどき、焼き豆腐を買って帰宅。

夜はおでんをつくった。 







[ 2016/12/28 13:40 | Comments(0) | 道草 ]



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