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智慧の修行 
般若経六百巻をすだれのようにパラパラする大般若祈祷会、

ポピュラーな般若心経

それら般若経典に書かれていることが、略般若にまとまっています。


「諸法皆是因縁生 因縁生故無自性 無自性故無去来 無去来故畢竟空

 畢竟空故無所得 是名般若波羅蜜」

一切のものは、因縁(縁と条件)によって生じる

だから、

自性(自立的で恒常不変で単一な実体 )が無い

なので、

去るとか来るとかは無い

つまり、

空である

ということ。


大般若経でも般若心経でも、

人間の思惟分別は、

実在とは関係ない虚構にすぎない言葉にもとづいて起こる。
(人間の都合で何にでも勝手に名前をつけ、その名前でないものと区別しているだけ)

言葉で捕らえられない物の本性を、
(もし、名前をつけなかったら、それが何だか理解できない)

言葉と思惟によって虚構し 、

その虚構の上に、誤った行為と煩悩を積み重ねてゆく、

それがわれわれの迷いの世界

という立場です。


しかし、

月でも仏像でも何でも、

それに集中して瞑想すると、

その名前、形が消え、

思惟されるもの、表現されるもの、知覚されるものが消え、
 
最後まで残っている最高の真実、

それは静寂、孤独、清浄で、言葉と表象を越えた一元の世界が現れます。

それが空観。

それを行じるのが智慧の修行。


真言宗の場合、

まったく合理的でない(日常生活の分別には役に立たない)

真言という言葉を、

実在の象徴として使うことで、

現実をいったん分解して再構築し、

自身と仏(宇宙法界)が同じであると観想します。


例えば、

肉魚を食べると、

そのタンパク質はアミノ酸に分解され、

小腸から吸収され、血液によって肝臓へ送られます。

そして、

 新たなタンパク質が作られ、食べた人の身体になります。

それと似ているかな。


だから、

食べないと身体が作られないように、

智慧の修行をしないと、成仏はできない。



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[ 2019/05/18 08:37 | Comments(1) | 米ぞうの家 ]
1. posted by 佐藤栄一  2019/05/18 12:31
ご無沙汰しております。いつも、尊い教えをありがとうございます‼️ なかなか実践できませんが、心あらたまります。

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