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望診法講座のお知らせ
私たちの体は「食べ物」によってできています。何をどう食べるかによって体質も変わります。
食べ物は血液となり、脳にとどき、性格や生活も変わります。
身体に関わるお仕事なら、知っておきたい大事な知恵です。

この講座では、手、顔、足などを手相や人相のように見ます。
内臓や心の状態は身体の表面、特に手・足・顔・皮膚などの末端に現れますので、
それを見て身体の中の様子を察するのが望診法。

自分や家族、クライアントの症状の理解が深まり、日常生活や食生活のアドバイスに役立ちます。

★こんな内容も取り上げます★
・食材だけでなく、元素にも陰陽がある
・O157などの菌やウィルスの形にも陰陽があり、それに応じた手当て食がある
・白目の色、耳の形、湿疹の出る場所、吹き出物、目の周りの色つや、ほうれい線でわかる性格
・足の甲での望診
・足先から脳にかけてのつながり(神経反射)
・病気の症状、名前の画数による病例
などを予定しています。

奥深い理論を、豊富な事例でご紹介いただきます。
聞きたい事項、症状があれば是非お申込時にお書き添えください。

ノートがメモで真っ黒になること請け合い!
ランチは、こちらで軽食(炒り玄米粥)をご用意いたします。

【日時】
2019年1月13日(日)
 10時~13時 :人相の見方
 14時~17時 :手相その他の見方

【場所】
横浜市西区岡野 「umiのいえ」


【参加費】16,200円(税込)+テキスト代2000円=合計18,200円(事前振込) 

※詳細とお申し込みはこちらから。


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[ 2018/12/08 07:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
迎合
法事の読経後にお話をしていたら、

ハイ!

と手を上げて親類のかたが質問をしてきた。

40代くらいの男性。

南無大師遍照金剛とはどういう意味か、と。

弘法大師空海のことで云々、とお答えをしたら、

三回忌などの法事はなぜ行うのか?

と次の質問。

室町時代くらいから形作られた日本独自の習慣で云々。


こういうことはありがたいですね 。

普段、仏教について言いたいことはいくつもあるけれど、

なかなか機会がない。

仏教は長く続いているだけあって、ずいぶんと内容が広がっている。

その中で、おかしなことも多い。

最も多いのが迎合 。

例えば、

お経とは何か 、何が書いているのか、なぜ唱えるのか。

葬儀とは何か、先祖供養とは?

卒塔婆とは、仏像とは、袈裟とは、・・・。

密教とそれ以外では思想が違い、経典解釈も違うのに、

そのあたりも、ごちゃまぜになっている。

正しく伝えようとしても、

解釈も言葉も相手に合わせる、世間に合わせる、業界の都合に合わせる、

というようなことが起こり、

それを一つ始めると歯止めがきかなくなり、

耳障りでは無い、ウケが良い話に変更され、

次々に間違いも生まれ、迎合から偽造になる。

ですから、

質問を受けて疑問を解決するのが、こちらとしてもありがたい。

ですからみなさん、もっと質問してください

お経を聞くよりも功徳を積むことができるし、供養になる 。

質問大歓迎。




[ 2018/12/06 09:05 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
さだめなきもの
男性用尿漏れパッドのテレビCMを観ていたら、 

それを着けたであろう男性が、

最後に大ジョッキを嬉しそうに傾けていた。

これで安心、

ということだろうか。

尿漏れがあるならビールを飲まなければ良いのに。

身体は枯れてきたのに、欲は枯れていない哀れさを感じる。


モノがあふれて豊かな時代では、

何かを良くするためには、何かをやめるのが云い。

でも、

それでは経済が発展しないかな。

世の中は、

練習しないで試合に勝ちたい、

勉強しないで合格したい、

運動しないでダイエットしたい、

そういうことを解決する特効薬のようなものを作って、

経済は発展してきたともいえるかな。


それはさておき、

ある人から電話があり、

特に用事はない、と云う。

世間話をしてから電話を切る。

その後、ちょっと考えた。

ホントは何かあったのだろうか、と。

少し、心に引っかかるものがある。


このような思いは、いったい何に由来しているのだろうか

そんなことは思わなくてもいいのに。
 
世の中はそういうことばかりで、思わなくても良いことを思うのが毎日である。


そういう時は、その思いがどこから来たのか考えてみる

どんなことを思っても、それは無自性である。

栂尾先生は「さだめなきもの」とか「さがなきもの」とフリガナを振っている。


一切は無自性であると悟れば、

その悟る心も、さだめなきものであるから、総てが平等になる。

これが身体であり、これが心である、という差別も無くなり、

大空の安らいの中に入って、

静けさと究極の智慧に住して、

怠け退く心が無くなる、

というようなことが『菩提心論』にある。

つまり、それらは妄心なのであろう。

無自性だから追随しなくてもいい。

そうわかれば、

これで安心、である。



[ 2018/12/04 12:01 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
沐浴と精神作用

陰陽研究塾の記事 99  

沐浴と精神作用
 




[ 2018/12/02 06:39 | Comments(0) | 陰陽研究塾 ]
2019年 新年祈祷・年間祈祷のご案内
子が親を呼び(自分の工夫)

親が子に気づき(仏の力添え)

近くの人が手を貸す(宇宙の包容力)

このみっつで願いは叶います。

2019年も、一年間の平安と所願をご祈祷いたします。

皆様のご祈願を拝みますので、

お気持ちがありましたら、お申し込みください。



1、新年祈祷(30cmの護摩木札をお送りします。祈祷料 5,000円)

元旦に本堂でご祈祷します。

2、年間祈祷(30cmの護摩木札をお送りします。祈祷料 10,000円)

毎月18日に、一年間ご祈祷します。

●願意例

厄除招福、家内安全、商売繁盛、心願成就、開運厄除、身体健全、当病平癒、良縁成就、安産成就、学業成就、

交通安全、旅行安全、方災消除、如意円満、如意吉祥

報恩感謝、滅罪生善、止息煩悩、心身寂静、福智増長、一切調和、諸仏加持、転迷開悟など


3、先祖供養(故人の菩提を祈願します)

一年間、毎月命日に拝みます。

戒名、命日をお知らせください。祈願料一霊 10,000円



お申し込みはこちらのページ下のメールフォームから。

※祈祷・祈願料のお支払い方法(振込口座)は、

お申し込み後にメールでご連絡します。

瑜伽者(拝む人):千頭山 立石寺 住職  須永 晃仁

[ 2018/12/01 12:09 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
頭のかゆみ

陰陽研究塾の記事 98 

頭のかゆみ
 



[ 2018/11/29 14:02 | Comments(0) | 陰陽研究塾 ]
金輪
鳴門不動院の護摩供に、

地元のケーブルテレビが取材に来ました。

修法後、若い女性レポーターが 、

これは外護摩(げごま)ですよね

と言う。 


火を燃やして目に見えるものが外護摩で、

心の中で観想する護摩を内護摩と云う。
 
これは同時に修法します。

そうでなければ、ただの焚き火。 



今はギャラリーを集めて、ショウやパフォーマンスのように護摩を焚きますが、

本来はひとり静かに行なうもの。

外で薪や供物を焼き、

心内で智慧を増長させ、それによって迷いを焼尽する。


智慧(最勝を求める向上心、本来不生不滅を知る心、光明そのもの)が

慈悲(自より他を先にする思いやりと優しさ)に住している状態を金輪と云います。

この金輪が迷いの暗闇を照らし、

自分と仏が同じであることを悟ります。

護摩の火はこの金輪の作用、

と観想し、

それを実際の火が支えます。


密教では、

生活の中で唱える真言がたくさんありますが、

他からの障碍を絶ち、

自らを成就するために、

必ず唱えるのが金輪の真言。 


勉強、練習、努力工夫精進した時、

この真言を唱えれば、

周囲の功徳がみな自分にあつまります。

それが金輪の徳用。

 


※ひとこと
https://risshakuji.cloud-line.com/hitokoto/

※精進料理のブログ
「阿吽・精進料理散策」
http://shoujin.blog.shinobi.jp/

※鉄道のブログ
「僕の鉄道日記」
http://tetudou.syoyu.net/



[ 2018/11/29 11:04 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
精進のおせち料理レシピ
今年も一般向けにPDFデータで頒布しますので、ご活用ください。 
(PDFファイル556kb) 



何か一品でも作ると、お正月らしくなります。 

作りかたで不明な点があれば、御連絡ください。 


ご希望のかたはこちら から。

・頒布料 2240円 


・メニュー一覧 

1、コーフーフライ 
2、煮しめ 
3、利休膾 
4、高野時雨 
5、葡萄豆 
6、八幡巻き 
7、豆腐味噌漬け 
8、レンコンボール 
9、京芋と巻き湯葉の含め煮 
10、ポテトサラダ 
11、湯葉佃煮 
12、くわい素揚げ 
13、酢れんこん 
14、生麩磯辺 
15、湯葉金平巻き 
16、黒米おこわ 
17、金柑甘煮 
18、百合根塩蒸し 
19、湯葉竜田揚げ 
20、慈姑 
21、揚げ結び昆布 
22、しいたけ利休揚げ 
23、湯葉納豆包みから揚げ 
24、きんとん 
25、錦糸湯葉 
26、おせちカレー 

[ 2018/11/28 10:08 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
子どもとお寺
曹洞宗の関大徹和尚が、

これからの寺で大事なのは子どもだ、

というようなことをどこかに書いていた。

それは昭和30年くらいのこと。


家族でお墓参りに行ったら、 

墓石を掃除するのは子どもの仕事だ、と僕は思っている。

お線香の束に火をつけるのも、子どもにやらせるのがいい。


お寺は広いから、子どもが遊ぶにはよろしい。

お寺は修行する場所だから、

勉強するにもいい。

面白いものもたくさんある。

下駄をはいている人も見られる。

一人ぼっちで心静かに過ごすこともできる。

子どもに好かれるお寺を考えれば、

今の仏教に関わるいろいろな問題も解決するかもしれない。









[ 2018/11/27 06:06 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
おみくじを引こう:吉と凶の違い
くじを2000枚用意したのだけれど、

どうやって引いてもらおうか考えています。



これは江戸時代寛政年間の御神籤箱。約220年前のもの。



表に「十一面大士籤」とある。

当時の人は、これを引いて何を思ったのだろうか。

どんな祈りと希望があったのだろうか。



こちらは明治時代のもの。



明治38年
征露
砲兵一等卒

などの文字が刻まれている。

おそらく、銃砲身でつくられたおみくじ器。とても重たい。

日露戦争に勝利し、

人々は何を思い、何を祈ったのだろうか。


そもそも、おみくじの吉や凶とはなんでしょうか。

もし、大吉を引いたのなら、

それは単なる偶然なのだろうか。

因果の法則はどうなっているのだろうか。


密教の修法では、日時を選ぶことを重要視しています。

それは無魔成満のため。

もちろん、おみくじで決めるのではない。

『大日経』に、

期限を決めて修行するときは必ず吉日を選ぶことが書かれており、

日々の吉凶については『宿曜経』に説かれている。

その内容は、

岩原諦信阿闍梨の『星と暦と真言密教』に詳しい。



しかし『孔雀経』には、

一切の日は皆善

一切の宿は皆賢

と観じ、

菩薩はみな威徳を具え

羅漢はみな迷いを断じた、その徳に頼る 

とある。


吉も凶も、

おみくじを引けば、生きる力になるかもしれない。

理想とするものへ心を強く向かわせる力に。

まあ、そんなことは考えなくても、

おみくじを引くことは楽しい。






[ 2018/11/25 06:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ご馳走 2
本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

[ 2018/11/24 06:44 | Comments(0) | 穀菜食の舎 ]
五体投地をしよう  運気の上げかた 5


両肘・両膝・額を大地につけて礼拝する。

これは懺悔のため。

懺悔すると罪が消えます。

内に懺悔、外に感謝することが宗教の基本ですが、

知っても知らずしても、僕らは悪いことをしてしまうから、

とにかく最初に懺悔します。

人間関係でも、それが基本、入り口。

ごめんなさい、から始まるといっていい。

まあ、そればかりではダメだけれど。


徹底的に懺悔すると、

自分も他人も、本来大きくて清浄なことに気づきます。

思いやりと優しさが最も重要なことに気づきます。

それが、

罪が消えると云うことで、運気が上がる。

どこでもできる修行方法です。

人間は動物だから、

ただ坐って瞑想するより、

身体を使ったほうが、修行効果は高い。

どこでもできます。

百回、千回、一万回と、続けるといい。






[ 2018/11/23 15:51 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ご馳走 1
本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

[ 2018/11/23 07:44 | Comments(0) | 穀菜食の舎 ]
秋の祈り
南信州伊那谷は、

先週末が紅葉の盛り。



16日には近くの三穂保育園から園児38人と先生が来山。

七五三のお参りをして、

ご本尊さんから千歳飴と夢守袋を貰う。


子らは元気いっぱい、

将来の夢を聞いたら、

ハイはいハイはいハイ、

と手を挙げて、

せごどん!!

仮面ライダージオウ!!

王様!!


僕が近くへ寄ると、

今の子は、自然とハイタッチをするのですね。


翌々日は永良尼が来てくれて、十一面観音の護摩供



僕も夢を抱いて拝む。

作法通りに拝めば叶う、

と神呪経に書いてある。

こういうことは生命保険に似ている。

拝んでみて、

本当なら願いがかなうし、

そうでなければ、何もないだけである。

まあ、そのために拝んでいるのではないけれど。

すべての人が悟りを開きますように。

修行が続けられますように。


近隣は、

柿と柚子と花梨がたくさん実っています。



[ 2018/11/19 06:46 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
かんがえてみよう  運気の上げかた4
宇宙は大きく、広い

いったいどこまで続いているのだろうか、

いつからあるのだろうか。


心も大きく広い

何でも自由に思える。

どんな大きなことも想像できる。


宇宙と心は似ているらしい。

マクロコスモスとミクロコスモス、

宇宙は心の中にあり、

心の中に大宇宙があるというようなことを、

仏教は云う。

そして、

心は本来清浄で美しい。

それは、

元々がまっさらだから、汚れていない、ということである。

だから、

本来仏である、元から悟っている、ということになる。

本当だろうか。

多くの場合、

今まで生きてきた自分の歴史で、自分の心は限定されている。

そんなことはないのだ、もっと大きいのだ、と云う。

本当だろうか。


心の中に仏がいる、心は清浄である、

という教えを作り、

本来自分は仏である、清浄である、

とするのは、

自分が切った木を見て、

この木は切って良いのだ、

と思うものではないだろうか。


魑魅魍魎や悪霊や鬼お化けが見える時、

見えてしまうことが妄想である、

と考えている場合と、そうでないことがある。

そもそも、

死後の世界や霊界など信じていないのに、

そういうものを見ることがある。

それはなぜだろうか。

それは肝臓の仕業である。


いずれにしても、

考えると運気は上がり

悩むと下がる。



[ 2018/11/17 06:30 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
うんこをしよう  運気の上げかた3
歳をとると、内臓の力も低下する。

だから、

ある程度たくさん食べたり飲んだりしないと、

なかなか滋養にならない。

そんな中、

繊維が多くて脂肪が少なければ、うんこがたくさんでるから、

体調は良い。

ウンコがでないと、不要なものを貯めているからか、

運気は上がらない。

もうひとつ、

加齢や体調不良では、

水分が足りないのに咽喉が渇かないことがある。

それで陽性過多の便秘になる。

ウンコの成分は80パーセントが水分で、

残りが食物繊維と腸壁のカスと細菌。

水分が少ないのは、食事の内容も関係がある。

ごはん (半分が水分)
煮物漬物(半分以上が水分)
味噌汁 (ほとんど水分)

という食事なら、食べる水分が豊富。

野菜はほとんどが水分で、

可食部100g中、

タクアンで88g

フライドポテトで53g



ウンコには種類があり、

「プリストル便性状スケール」という国際基準がある。
http://yoshida-pharm.jp/magnesium/assets/pdf/bristol_scale.pdf
 
重たいウンコと軽いうんこ

油の多いうんこ

黒いうんこ白っぽいうんこ、黄色いうんこ 

脂肪が多いと、胆汁が多く分泌されるのでその影響でうんこは色が濃くなる 

 

便秘の国際診断基準もある
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/102/1/102_83/_pdf

これをみると、ほとんどの人は便秘かもしれない

いきむ、残便感は便秘の徴らしい。


足が不調だとウンコはでないし、脳が不調でも出ない 。

足と脳がたいせつである。


[ 2018/11/17 05:27 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
もやしてみよう 運気の上げかた2

とはいっても、

最近は焚き火、野焼き、ゴミを燃やす、

など、できないところが増えましたね。


人間は、火に本能的な憧れがあります。

畏敬といってもいい。

火は熱と光、

暖かさと明るさをもたらし、

食べ物を調理する。

火にあたるだけで、

身体も心も暖かくなり、力が沸き、心が潤う。



日常で火が見られるのは台所。

電磁調理器では難しいけれど、かまどやガスなら火がある。

火に近づくだけで、心身は変化します。

海苔をあぶると、よく分かるけれど、火の扱いは難しい。

何でも料理をすれば火を使うのだけれど、

それによって食べ物に火の力、熱が加わる。

生食は本能的なものを伸ばし、
 
火食は理性的な心身を作ります。

その理由は陰陽五行説で説明できるのだけれど、

長くなるので、何か機会があれば解説しましょう。 


ちょっと工夫すると、火のお蔭を得られます。 

干しシイタケや昆布を指でつまみ、

ガスの焔に当てて、端を少し焦します。

それを出汁に差し入れ、煮込む。

追い出汁と云い、コクが出て、身体を引き締める味になります。




次は仏壇 。

ローソクと線香の火がある。

ローソクに火を灯したら、

1分くらい、じっと見つめてみましょう。

いろいろなことが分かります。

ひらめきもある、集中力も上がる。


お線香も火をつけて香炉に立てたら、

じっと見つめてみましょう。

淡々と同じ速度で燃える。

このリズムを精進と云います。

それを心身にしみこませると、

いろいろなことが分かります。

ひらめきもある、集中力も上がる。

 

火鉢など大きなものに、

線香をたくさん組み合わせ、護摩のように燃やす方法は、

とても勝れた心の制御法です。

これはちょっと練習が必要なので、

当方にお越しくださればお教えします。

 

最も火の効果、火の力を感じられるのが護摩供。
 
自身を炉として真実の智慧を火とし、

心中の障り・迷いを、薪として燃やす。
 
火の本性は如来の一切智光。

護摩の火を見ることで、

煩悩、つまり自我の執著を達観します。

 
今月18日 10時より、

立石寺本堂で護摩供を修法します。
 
どうぞおまいり下さい。

火と自分、

智慧と迷い

をじっくり見比べてみてください。

立石寺十一面観音護摩供
 
立石寺 護摩の話









[ 2018/11/14 11:21 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
認知症の予防に有効な方法

陰陽研究塾の記事 97 

認知症の予防に有効な方法




[ 2018/11/14 09:35 | Comments(0) | 陰陽研究塾 ]
となえてみよう 運気の上げかた1
お芝居などの舞台

俳諧短歌

話芸朗読

民謡演歌、ロックにJポップ

それら声を出すものと、

読経や念誦の違いはなんだろうか。


お経、真言陀羅尼などは、

口から口へと伝承されてきました。

伝えるために唱え、覚えました。

ですから、

多くのお経は、

「かくのごとく、我、聞けり」

という文で始まっています。

伝えるために唱えたのでしょう。

ですから

間違えていはいけない。

内容も理解したほうが、覚えやすく、伝えやすいでしょう。

なので、

正しく唱え、意味を理解して唱え、伝えることが功徳になります。



お経には、

修行の目的と修行方法が説かれています。

真言ダラニは呪文の一種ですが、

これらにも、修法の内容効果が説かれています。

つまり、教科書ですから、書かれていることを学び実習するものです。


『理趣経』の最初には、

「つねに教えに遇い 受持し読誦して忘念せず」

初段には、

「日日に必ずこれを読誦し、思惟し、修習すれば、

 この世において あらゆるものにとらわれぬ心の自在を得て、

 限りない楽しみと歓喜を得る

 ついには浄き汚れなき菩薩の功徳を得て、

 如来のさとりの位を得られる」

とあります。

まず唱える、そして考え勉強実習する、

そうすれば結果が得られる、ということ。

『理趣経法次第』にも、

「受持読誦の人は永く一切の悪趣を越え

  修習思惟すれば、速やかに万徳の善果を証す」

とあります。


唱えかたについては、

蓮体和尚の『真言開庫集』第九真言念誦の用心に、

まず身の回りをととのえ、身を調えてから、唱えるべき、

と書かれています。

盗みをしながら、ウソをつきながら唱えることができる

不浄な衣でもできる

でも、そうでない時よりも必ず濁り乱れる、と。


唱えることで心は浄化するのだけれど、

その前に身体(行い)を浄化することが、効能を増す、ということ。

これは、

普段の会話でも同じでしょう。


言葉、音声は総て仏の説法、

と云うのが密教の立場ですが、

唱えることは、仏語(フランス語ではない、仏の言葉)を唱えることであり、

それは秘密を開示します。




[ 2018/11/13 09:55 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
はしれ ディーゼルきかんしゃ デーデ


震災原発事故の後、

重苦しい空気の中で少しずつ明るさが戻る頃、

タンク車を牽いた機関車と、

そこから燃料を入れたタンクローリーが走る姿は、

街に希望をもたらした。

その姿を見て、涙が出るほど嬉しかった。


『はしれ ディーゼルきかんしゃデーデ』
文:すとうあさえ
絵:鈴木まもる
童心社 発行


[ 2018/11/12 16:49 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
私は宇宙
なんだかお腹が痛かったので、

あれこれと手当てをした。

お腹といっても、胃なのか腸なのか脾臓なのか、

いろいろあるだろうけれど、

それらは「私」の一部であるから、痛いのは「私」。

そちらから見ればお腹だけれど、こちらから見れば私である。



金で造られた象に、鼻があり耳がある。

差別区別する側から見れば、鼻であり耳であるけれど、

平等性の立場からみれば、どれも金である。

水と波も同じで、

波はそれぞれ別なものだけれど、本来は水。


さらに、

鼻でも耳でも、それは仮にそう決めたもので、

どこからどこまでが鼻とか耳とか厳密に決定はできないから、

象総てが鼻であるといっても間違いでは無い。

つまり、

差別が平等になるのである。


宇宙も同じであり、

差別性からみれば「あなた」であり「私」であるけれど、

平等性からみれば、みな宇宙。 

その「私」の中も宇宙と同じ。


ギョーカイのなかで、僕がいるグループは、

諸法は実相である、と考えている。

あらゆるものは真実である

すべてのものは真実の姿を表している

ということ。

象も水も、

内臓も私も、

宇宙もである。

すると、

真実=宇宙=私=その他全部

ということになる。


この真実を密教では本不生(ほんぷしょう)と云う。

本来、生じたり滅したりしない、ということ。

宇宙も私も本性は空であるから不生不滅である、

というのは、悟りの側からの真実で、

現実にある宇宙や私には、必ず始まりと終わりがある、

というのが俗世間の真実。

この二つの真実が本不生。

それは三摩地(心の源底を知る)の瞑想によって悟る。

その時、

私は宇宙。

その状態は清浄心であり、

清浄だから(愚かさの迷いに汚れていないから)慈悲にあふれ、

自他を救い、役に立つ。

よって苦悩は無くなる。


『大日経』に、

我、本不生を覚り、
言葉を越えて
罪過より解放され、
原因と条件の束縛から離れ、
智慧の空は虚空に等しいと知る


『菩提心論』には、

あらゆる智慧を求めて、
菩提心の三摩地を修習し通達すれば、
迷いの肉身そのままに
速やかに、まどかなさとり を証する

とある。


まとめると、


「私」も宇宙も、

そのままに不生不滅の真如である。

だから円融無碍し、

私と宇宙(仏)は不二である。

これは、

三摩地の法によって覚り、

その根底には、

私たちが本来備えている清浄な菩提心がある。




[ 2018/11/08 15:57 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
道草 柳橋 編
風邪薬を買いに東日本橋へ。

国道14号で両国橋を渡ればすぐそこなのだけれど、

ちょっと時間があったので車を停め、

以前から行きたかった柳橋へ歩く。



両国橋のすぐ北側で、西から流れてくる神田川が隅田川と合流する。




その近く、神田川河口最下流の橋が柳橋。


なぜ行きたかったかと云えば

落語で馴染みになったから。特に『船徳』。


男の遊びと云えば、飲む打つ買う。

中でも、吉原でご婦人と遊ぶには、

柳橋から舟に乗って行くのが粋なのである。



両国橋西交叉点から北へ歩けばすぐに柳橋。

詰めに船宿と佃煮屋がある。

 

西を見れば、

川面に屋形船がたくさんもやっている。

近くには、そばや、すし屋、料亭があり、花柳界の名残りを感じる。


川沿いの道を歩けば、

すぐに浅草橋。ここは江戸通り国道6号線が渡っている。


浅草橋から柳橋を観る。


この周辺は問屋街があり、

ゆっくり歩くと、とても楽しい。


[ 2018/11/07 15:53 | Comments(0) | 道草 ]
ドライブの効用
息子とふたり 、車で東北へ行った時、

現地の人から、

二人でドライブはいいねえ、と言われた。

なぜなら、

話ができるから。



ドライブしながらの会話が良いのは、

お互いの顔を見ないからである。

顔色を気にせずに、だから話しやすい。

運転中だから、

感情的な話を抑制できる。

さらに、

前方や車窓が見えるから、

会話のきっかけも増え、話の薬味や箸休めもある。



妻とは月に数回しか会わないけれど、

ドライブすることがある。

とはいっても、買い物か墓参りか息子に会いに行くか、である。

楽しい話、意外な話、痛いところを突かれる話。

それらはなかなか良いものである。


大切なお客様は、

後部座席、運転手の後ろに坐っていただく。

それは安全だからである。

しかし、そこでは話が進まない。

助手席は危険な席だから、

心安い人でないと坐れない。


若い頃、

助手席は特別な席だった。

もちろん、彼女の指定席である。

彼女以外が坐ることは許されない。

彼女でもないのに、ずけずけと坐るのは最低のやつ、

オメエの席じゃあねえよ。


そして、

そこは空席のまま、若い時代が終わる。

助手席はあの頃、

汚れなかった。


そういえば、

焼肉を食べに行くカップルはデキている

という話が当時、人口に膾炙していた。

あれはやはり、

助手席に坐らせて行くのだろうか。

どんな話をするのだろうか。



[ 2018/11/06 06:57 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
死ぬまでのわがまま
中学高校大学生を見ていると、

彼らはこれからどんな人になり、

どんな人生を送るのだろうか、

と思う。

いろいろ期待して、

こちらが勝手に夢を描く。


自分を含め、

おっさんおばさんを見ていると、

彼らはこの先どうするのだろうか、

と思う。


例えば僕は

いつ死ぬか分からないから、

僕が親の死に際して手間がかかった、

行政や相続などの手続きをまとめたファイルを作っている。

結婚は1回、他所に子はいない、

という証明(戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍など)も綴じてある。

名義変更が必要なものは、

その一覧と手続き先を表にしている。


問題なのはモノである。

僕にとっては宝物だけれど、

おそらく家族が見ればゴミでしかないコレクションはどうしようか。

これは考慮中である。


老後と死に際に関しては、

なるべく健康で認知症にならないよう、

運動、食事、睡眠を工夫し、

脳を使うようにしている。

酒も控えた。

太っていると、

介護でも、納棺でも迷惑をかけるから、

そうならないようにしている。

 
死後すぐのことについて、

事務的なことは縁ある葬儀屋さんに任せる。

葬儀などの儀式については、

今のうちに、

よその葬儀や親類の法事に行かせ、

知識と経験の蓄積を家族に促している。


葬儀屋さんと、宗教者ひとりづつ、心安い人がいれば問題無い。


葬儀は普通にしたほうがあとあと便利で困らないけれど、

それは妻子が好きなようにすればいい。

お金がかかるようなら、

考えられるだけを準備しておく。


僕の母は、自分の葬式代を貯め、

すでに僕が受け取っている。

これで済ましてくれ、と。

内容等は任せる、と。

僕はそれを、

母の死まで使い込まないようにしなければならない。


お墓等についても、子どもらが好きなようにすればいい。

何でも良いから、

健康で仲良く楽しく暮らしてくれれば、

こちらから他に望むことはない。

作法崩れの儀式や、

インチキな読経など不要である。


いずれにしても、

僕はまだ生きそうだから、

その間に、

家族からでも縁者からでも、

もう少し迷惑をかけられたい。

迷惑は嬉しいのだ。



[ 2018/11/05 09:14 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]



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