その怒りで、自他の罪障、難降の類を焼き尽くします。
自他の罪障、難降の類とは、自分の中にある煩悩のこと。
怒りの対象は相手ではなく、自分自身です。
僕らがいつも唱えている『理趣経』には、
怒りで煩悩を取り除くことが説かれています。
怒っちゃいけないよ、
怒ると身体に悪いよ
というようなことではなく、
オレの言うことを聞け、
というようなことでもなく、
差別と対立の無い怒りです。
自分と他を分ける仕切りの無い怒りが、煩悩を止滅し、他を救います。
貪りわるしと かたよりて
いさかいすべき ものでなし
怒りわるしと かたよりて
いさかいすべき ものでなし
そのような仏の怒りは、観る角度によって、微笑にも悲しみにも見えます。
優しさと悲しみを持った、余裕のある怒り。
ダライ・ラマ猊下は、
慈悲の心にもとづいた怒りは必要です。社会的な不正を座視していてはいけない。
怒りには、慈悲から生じるものと、悪意から生じるものという、二つのタイプがあります。
心の根底に他者に対する思いやりや慈悲があって生じている怒りは、有益なものであり、持つべき怒りです。
他者を傷つけたいという悪意から生じる怒りは、有害で鎮めるべき怒りです。
悪意からの怒りは人に向けられます。
しかし、慈悲からの怒りは人に対してではなく、行為に対して向けられます。
ですから原因となる行為がなくなれば、怒りも消滅するのです。
と言っています。
酸味が足りずたんぱく質が過剰なら、腎臓が傷んで恐れが強くなり他を攻撃し、
脂肪が多く辛味が足りないなら、肝臓が傷んで耐え忍ぶ力が弱まる
ということもある。
呼吸は食べ物より大切なことですが、吐くのは陰性な力、吸うのは陽性な力。
副交感神経は陽性なもので刺激されるので陰性、だから吐くことで優位になります。
だから、
陰陽のバランスが良ければ呼吸が調い、呼吸が調えば自律神経も調う。逆もまたしかり。
口が開いている人、鼻の左右がアンバランスな人は、呼吸が調っていない可能性があります。
そんな時には旬となったレンコン、これは肺の滋養によろしい。
すりおろして、炊いた炒り玄米、刻みねぎ、吉野葛と混ぜて蒸し上げます。
我が家ではブロッコリー、ニンジンも収穫時。
シイタケは栽培ものが多いけれど、それでも旬の季節のほうがうまい。
シイタケは酒蒸し、ニンジンブロッコリーはなます
銀杏は南蛮焼き
これ、おいしいね
と言ったり言われたりする食卓は、温かくて風邪にも悲しみにも効果があります。
ところで、
ちょっとしたご縁のある藤田晴子サン(アーティスト、元地方テレビ番組ディレクター)のブログ、
文章がうまく、内容も興味深いものばかりです。僕のことも少し載っているので、ぜひお読みください。
http://
「私を救った和尚のレシピ」
http://
「私を救った和尚のレシピ・2」
http://
「私を救った和尚のレシピ・3 食養の飲み物」
http://
※穀菜食の舎ページ
「○効果的な排毒法:風邪と発汗」
https:/
ハチミツは花の花粉からですので、その性質はずいぶんと違います。
同じ辛味でも、
わさびと唐辛子がまったく違うもので、味も香りも使いかたも違うようなものです。
で、
ハチミツのほうが陰性です。ですから、ハチミツのほうがお腹を冷やし身体を緩めます。
そして身体を酸性にする傾向も、砂糖より強い。
砂糖 :Na 1、 K 2、 Ca 1、P 0
ハチミツ:Na 7、K 13、 Ca 2、P 4
ナトリウムとカリウムの量を比べて、カリウムの比率が高いほうが、より陰性
カルシウムとリンを比べて、リンの比率が高いのが、いわゆる酸性食品
それにしても、白砂糖って何の価値もないものですね
陽性で元気な人、陽性なものを多く食べている人が、嗜好品程度にハチミツを摂ることは何の問題もありませんが、健康維持のため誰にでも有効、ということはありません。
どちらかと言うと砂糖のほうが身体を冷やさない。
ふたつとも嗜好品で習慣性がありますから、ストレスにならないよう楽しめばよいでしょう。
基本的には量の問題で、調味料として使わなければ、問題無いでしょう。
種と哺乳類の乳
種類が違うので比べるのが難しいですが、成分を見ると、
豆乳:Na 2、K 190、Ca 15、P 49
牛乳 :Na 41、K 150、Ca 110、P 93
豆乳は牛乳に比べるとかなり陰性でお腹を冷やし、身体を酸性にします。
お腹を冷やす、ということは脳の血行も悪くなる。
ですから、
母乳の替りに豆乳を使うのはとても危険。冷えて心身の動きが悪くなります。
ただし、
どちらもそのまま、毎日飲んだら影響が出る、ということで、
時々嗜好品として飲んだり、料理の材料として使えば、他の材料や料理法の陰陽で変わります。
母乳の替りには、人工乳が嫌なら、重湯とかリブレフラワーなどが良いでしょうね。
長男とふたりで城崎温泉に泊まり、
夜の温泉街でスマートボールをして楽しかった
なんていう話をして思ったのが、
ピンボール、パチンコ、ゴルフなど、穴に玉を入れる遊びは、お父さんが夢中になりますね。
そこで、
レンコンの穴にレンコンすりおろしを入れて焼く。
車麩はニンニクをすり下ろした出汁で戻し、衣をつけて揚げる。
ちょっと二日酔い気味だったので、サツマイモと玉ねぎと炒り玄米とキノコといろいろでカレー
___________________________________
※穀菜食の舎会員ページ
「 牛乳と豆乳」: http://
「 砂糖とハチミツ」: http://
「 マクロビオティックの致命的な欠陥」: http://
「 不妊の原因と、風邪を引かない危険性」: http://
オマエ、変わってないなあ。
俺なんか30キロも増えたよ
とお腹をさする。
この歳になって、
変わらないね、
なんて言われると、
成長していない、貫禄が無い、頼りがいが無い、貧弱、なんて感じもするけれど。
毎日会っていれば、相手の変化に気がつきにくい。
しばらく振りに会うと変化に気がつく。
毎日分からなくらいのスピードで、少しづつ僕らは変化しています。
心も同じ。変わっている。
知識や経過が増えて、心も変わる。
僕の身体も心も、じっとしていない。
森の木も、海の生き物も、なんでも、じっとしていない。ちょっと見ない間に変わってしまう。
いきなり大きく成長したり、いきなり老けたりはしないけれど。
僕は小学生の時、
通信簿にはいつも、落ち着きが無い、協調性が無い
と書かれていたけれど、じっとしていないのは生き物として当たり前。
長い目で観れば、みんなじっとしていない。
じっとしていない、というのは陽性ということで、子どもは大人より陽性だから、じっとしていない。
今の僕は今だけの僕で1秒後には変わる。
1秒後の変化はわかりにくけれど、10年後の変化は分かるかな。
そういう、見えるところに変化があれば、その裏側も変化しています。現象の本体も、まったくじっとしていない。
それをエネルギーといいます。
で、
この、じっとしてないことを、諸行無常といいます。
じっとしていないから、それに固執執着できない。だって、変わってしまうのだから。
執着しようとするなら、それは変化する前の、すでにもう無いものに対する妄想。
それは、本当に大切なものなのかしら。
あれ、
家に置いてきたのかな、お店に忘れたのかな、
いずれにしてもスマホが無いとちょっと不便だな。
つい最近までスマホなんて持っていなかったのに。
バブル期バリバリのサッリーマンだった時だって持っていなかったけど、問題無い。
今だって、スマホを持っていない人もいる。
なのに、何で無いと不便なのだろうか。
そもそもスマホって何?
電話?カメラ?LINE?・・・???
あなたと私をつなぐもの?
安心感?
電話なら家に固定電話があるし、使わない日もあるし、手紙があるし。
カメラだって僕は一眼レフやら何やら持っているし。僕、カメラマニアなんです。
あなたと私をつなぐのは、思いやりと愛情だし、
安心感は僕の思いよう。
スマホを分解してみても、函の中には回路や巧妙な部品があるだけで、そこに電波が流れてくるだけ。
動画の音やあなたの声がそこにあるわけでない。
これが「スマホ」だ、というものはない。スマホなんて実体はどこにも無い。
いろいろなものが寄り添って、その関係性でスマホがあるだけ。
よくよく考えれば、
世の中のすべてはそうなのだ。あなたも僕も。極楽も地獄も、迷いも悟りも。
スマホの中にスマホという事実や本質が無いように、僕の中に自我も無い。
「ある」と妄想しているだけ。
このように、
有ると錯覚している無いことを、
スマホの中にスマホが無いことを、
諸法無我といいます。
もし、
私があれば私以外もあるわけですが、その間に対立があるか調和があるかで世界は変わります。
そして、
私以外は私の中にある。
そうならば、
私の函に、世界中にある大いなるものを受け入れられるようにしようじゃないか。
スマホの中に宇宙を見ようではないか。
なのに、
ある一瞬に見聞きしたものを、永遠のものだと勘違いしていたり、
この世にあるものはひとりで存在している、と勘違いしていると
苦しみが生じます。
そんなものはすでにもうないのに。
右が無ければ左もないのに、右じゃなくてはだめ
と思っていたらもう大変。
何かと関係していなければ何も存在できないんです。
僕以外のものが無ければ僕を限定できないのに。
小難しく言えば、
あらゆるものは諸行無常なのに、諸法無我を知らないから苦が生じる
ということ。
そのような、
常に在る、自我がある、という執念の炎が吹き消されると、心は穏やかになり、悩みから開放されます。
これを涅槃寂静といいます。
ところで、
古来女性が好きなものが「いも、くり、なんきん」 とか「いも、タコ、なんきん」
これはお金も大してかからず可愛いものですが、
それに対して男が好きなものが「飲む、打つ、買う」
これはお金も時間もずいぶんとかかりますねえ、
というのは落語の枕によくある話。
でもね、
お酒も賭け事も女性も、それ自体には何の問題も無い。
お酒を飲んでも何の問題もない。
お酒でダメになるやつは酒までの人間。
競輪競馬パチンコをしても、法律の範囲なら何の問題も無い。
それでダメになるやつはそれまでの事。
女性と遊んでも何の問題も無い。
それでダメになるやつはそれまでの男。
酒も賭け事も異性も、
それ自体は何ら善悪美醜の区別の無いもの。ただ在るだけ。あるように見えるだけ。
見方によって、ある時は美しく、ある時は汚れる。
それに執着する我に問題がある。
執着の炎は、正しい生活法と修行によって吹き消すことができますが、
執着の反対は諦めること。
まあ、いいか。
そんなことはどうでもいいじゃないか、
もっと大切なものは、自分の中にあるのだ。
ということ。
人もモノも表裏内外があるから、
これと決めないで、まあ、いろいろあるねえ、と互いに足しあい補いあえばいい。
僕にも長所短所があって、役に立つこともあれば迷惑をかけることもある。
でも、
今できることをまじめにやっていれば、周囲と自然に調和する。
長所が誰かを助けるし、短所は何かが補うから。
個人の悟りとか幸せ、世の中の平安というのは
いろいろなものが調和している
ということ。
ノロウイルスの症状と形は陽性。
http://
したがって、陽性毒があると感染しやすく
感染した場合の手当ては陰性な飲み物
と考えられます。
神奈川県が
健康寿命日本一へ、という取り組みをして
http://
「未病を治すかながわ宣言」 を発表しています。
http://
素晴らしいですね。
望診法と食養を取り入れれば効果的でしょう。簡単ですし。
心身の状態は身体の表面に現れますから、望診法で未病を予測し
心身は食べ物で作られていますから、食養で工夫改善する。
このふたつを勉強実践すれば、 健康寿命日本一になりますね。
ところで、
秋は辛味で冬は脂が季節の味
昔は山で猪やウサギを獲って脂肪を補給したのでしょうが、クルミも脂肪が多く、山のご馳走です。
月影兵庫は大酒飲みでオカラが好きでネコが苦手。
ひとたび剣を抜けば鬼よりも強いという素浪人。
彼はいつもクルミを二つ持って、音を鳴らしていました。
僕らもマネをした。
今でも、胡桃をふたつ握って、ゴリゴリと鳴らしています。
これが掌のツボを刺激して気持ちい。
握力もつく。握力は身体の強さと比例します。
親指が副交感神経、他の四指が交感神経と関連して、自律神経の安定にも効果的。
机で仕事をしている時は、
床にゴルフボールを置いて、その上に足をのせ、ボールを足裏でごりごり転がしています。
これも痛くて気持ちいい。
腎臓膀胱系の刺激にはとみによろしい。
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※ 穀菜食の舎 ご案内
○正会員:年会費 20.000円(ご家族1名が会員で家族全員有効)
年会費は分割でもお支払可能です。
特典
1、望診法、食養手当法の個人相談が受けられます。
2、穀菜食の舎、陰陽研究塾主催の講座参加費割引
3、料理講座修了者に精進料理教授・食養料理講師認定書を発行。
4、季節の料理や食養手当法などの情報を毎月メールで配信
(郵送の場合は送料2.400円/年)
5、FacebookとLINEの会員ページで随時質問相談できます。
6、会員用サイトのパスワードを発行します。
○賛助会員:年会費 100.000円
穀菜食の舎運営にご支援いただけるかた。
※個人相談は会員に限ります。
○入会方法
1、下記の口座へ年会費をお振込みください。
2、会員証を発送しますので、郵便番号、住所、お名前、電話番号を郵便、メール、FAXでご連絡ください。
○ゆうちょ銀行
通帳口座 18200-33643231
普通口座 八二八店 3364323
口座名 陰陽研究塾
○みずほ銀行
郡山支店 普通 1251688
口座名 須永 晃仁(スナガ コウニン)
※問い合わせ先
〒329-0412 栃木県下野市柴762-14
☎/FAX:0285-35-4901 穀菜食の舎 須永 晃仁
この時期、霜が下りるたびに葱や白菜がおいしくなります。
修験の行者さんで八百屋の社長さんから、郡山伝統野菜の阿久津ネギをいただいて料理が楽しい。
ネギは香りが強い、辛味がある、という強い陰性な性質ですので、陽性毒や脂肪を溶かし、
その陰性で殺菌力があるので、風邪の予防や手当てにもよろしい。
風邪予防の出汁は干しシイタケ、大根、レンコンで引きますが、葱を加えるとなおよろしい。
鉄砲ねぎの味噌汁
葱ご飯のお稲荷さん
干しシメジのおこわに、葱塩。
冬は、葱で殺菌して味噌でお腹を温める料理がうまい。
20代のかわいい女の子が我が家を訪ねて来、
四国八十八か所を歩いてお遍路さんしたいから、いろいろ教えてほしい
と言う。
お遍路の後、高野山尼僧学院で修行、そして山内で勉強していた時に東日本大震災。
地元の宮城県塩釜市に帰り、地域の復興を手伝い、東松島の介護施設で働きながら、尼僧さんとして活躍しています。
僕も、被災地に拝みに行く時は、いつも彼女にお世話になっています。
彼女が毎月、素敵な新聞を発行しています。
今月号には彼女自身のことが書かれていて、ついでに僕の講義録も載っており、上手にまとめてくれています。
どうぞ、お読みください。
一年間、毎月28日(または18日)に不動明王をご本尊として、ご祈祷を修法いたします。
ご祈祷は拝む人、拝まれる人の内面にある大きな慈悲を開発して智慧を生み出し、その智慧で迷いや煩悩を焼き尽くし、人生を豊かに平安にするものです。
どうぞ、皆様の煩悩を浄め、大厄を消除し、すすんで家内安全、商売繁昌、病気平癒、心願成就など、開運の祈願をなされますようご案内いたします。 一年間毎月ご祈祷いたします。
お名前、生年月日、祈願の種類(おふだ有り、またはお札無し)、
住所(おふだ有りの場合)
願意を下記へお知らせください。
※願意例
家内安全、身体健全、商売繁盛、無病息災、厄除招福、心願成就、当病平癒、 安産成就、 如意円満、学業成就、罪障消滅、報恩感謝、世界平和、萬邦協和など
※祈願料
☆1万円(おふだ有り、願意ひとつ)
30cmの木札と15cmの紙札をお送りします。
木札はご自宅でご本尊の身代わりとしてお祭りして拝んでください。
紙札はお守りとして、バッグやお財布に入れてお持ちください。
☆2500円(おふだ無し、願意ひとつ)
【先祖供養】
毎月命日にご回向し、祥月命日に拝んだ後、回向の証をお送りします。
ご回向するご先祖の戒名(下記例参照)とご命日、施主さまのお名前、回向の証送り先住所をお知らせください。
※例
○○□□信士(信女、居士、大姉)、○○家先祖代々、水子供養など
※年間供養料(過去帳に記し、毎月命日に拝みます) 1霊2万円
【陰陽研究塾 通信講座】
陰陽、望診法、食養の知識テクニックを身に着につけたいかたへ。
『陰陽検定問題集Ⅰ』の回答を添削し、考えかたと基本レシピ、基本の治しかたを毎月お送りします 。
いつからでも始まられます。
※受講料 1ヶ月:2500円 (『陰陽検定問題集Ⅰ』は1冊1000円)
【精進料理 体質改善メニュー】
1ク-ル3か月で体質を変える料理をお伝えします。
精進料理、食養料理で心身の健康を得ましょう。
1、お電話にて、下記例のようなご希望をお知らせください。
2、
3、料理試食の後、症状の変化などをご連絡ください。
4、翌月、さらに工夫したメニューをお送りします。
※メニュー例
腰痛、肩こり、頭痛、アレルギー、糖尿病、便秘、冷え性、
けがをしない身体、心を落ち着かせる、不安怖れ怒り興奮のコントロールなど
※受講料 1万円(3か月) :穀菜食の舎会員は5000円
※申し込みお問合せ先
眞天庵・穀菜食の舎・陰陽研究塾
電話・FAX:0285-35-4901
携帯電話:090-6257-1472
メール:sunagakounin@gmail.com
またはホームページから
http://
※祈祷料、供養料、受講料のお支払方法は、お申し込みの連絡後お伝えします。
○眞天庵・穀菜食の舎
須永 晃仁
読経や儀式などを法味ということもあります。
人にはそれぞれいろいろな生きかたがありますが、
これでもかと努力精進して、勉強して調べて練習して、
そうして問題を解決し、迷いを取り除いて安心を得る人生があり、
そうではなく、
妄想を共有して安心する
という方法もあります。
妄想して自分流の解釈を作り上げ、
それを共有したがる傾向が人間にはある。
でも、
法味は妄想からは得られないかもしれない。自分で考えて、自分で進むのがいい。
『法句経』160には
おのれこそ おのれのよるべ
おのれを惜きて 誰によるべきぞ
よく調えし おのれにこそ
まこと得難たき よるべをぞ獲ん
とあります。
自分自身が灯明であり、その明るさで法味を受けるようにすることが、
悟り(幸せ)につながり、
自分が悟れば(幸せになれば)、
世間は浄土になります。
________________________________
平成28年
【年間祈祷】、【先祖供養】、【陰陽研究塾 通信講座】
のお知らせ
http://shintenan.syoyu.net/%E7%B1%B3%E3%81%9E%E3%81%86%E3%81%AE%E5%AE%B6/%E5%B9%B3%E6%88%9028%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B
ウチのお父さんは、ご飯とおかずをひとつづつ食べるの。
煮物を食べ終わってからお汁
お汁を飲み終ってからごはん
というように。
味が移るのが嫌なんですって。
と言う。
本膳料理や懐石などの食い切り料理では
お膳に料理をひとつづつ載せて出します。
たとえば、
最初に先付が運ばれます。
お通し、突き出しですね。
これで一献する。
食べ終わるとお膳を下げて、次にお凌ぎ。
これでまた一献。食べ終わってお椀、向付、八寸、焼き物、炊き合わせ、
と続き、
最後にご飯と汁物、お漬物になります。
いっぺんには出さない。一献づつ出すから献立。
ですから、ひとつづつ味わって食べるのがよろしい。
すべての料理を一つの膳や食卓に載せて出す形式は、まあ、くだけた料理。
ですから、
このお父さんの食べかたは正解ですね。
ちなみに食時作法では、
悪いことを断つためにご飯をひとくち
良いことをするためにご飯をひとくち
回りのいのちを救うためにご飯をひとくち
仏道修行のためにおかずをひとくち
と食べます。
なますは料理の基本。
消化を助けます。
ヌタはなますのひとつ
酸味と辛味がたんぱく質と脂肪を溶かし、血をきれいにします。
_______________________________
平成28年
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http://
今年も先週末に行きました。
エコロジーは心の問題。
心が濁っていれば環境も濁る。
心が美しければ環境もきれいになります。
ものを買わされないで、考えて買う 。
考えて切り、考えて煮て、考えて焼き、料理する。
考えて洗剤や水を使う。
そうすればエコロジー。
そもそも世の中にゴミなんかありません。
ゴミというイメージを作ってごみにしているだけです。
これはモノだけではなく、人間も同じ。
帰路、
学生さんよりも昔からお世話になっている新潟のご婦人から、
今年はおせちを送ってね
と言われ、ちょっとやる気がでてきました。
やる気が出ると、ゴミは少なくなる。
___________________________
※穀菜食の舎会員ページ
「年末年始おたすけガイド・賢い食べかた」
https:/
水についての質問がいくつかありまして、おもしろいなと感じました。
クラスターの小さい水とは?
マイナスイオン水とは?
水素水とは?
などなど。
水は実に不思議な物質です。
普通、物質は気体から液体、液体から固体になると固く重くなる、陽性になるものですが、水だけは、固体(氷)になると軽くなって浮きます。
そのほか、比熱が極端に高い、弾性がほとんどない
なんて不思議なことばかり。
そもそも、なんで水が0度から100度の範囲でだけ液体なのかは分かっていない。
陰陽では、
水分が多ければより陰性
少なければ陽性
と判断します。
水の成分については
カルシウムが多ければより陰性で、
仮に水素イオンがより多く含まれていればより陽性だけれど、それはあり得ない。
クラスターは、小さく作ってもそれを維持できるとは考えにくいし、
マイナスイオンは論外ですね。
ちなみに、
水と油では、
油のほうがが陰性(水に浮く)ですから、水には溶けないけれど油に溶ける、という物質は陽性。
水に溶けるのはそれよりも陰性です。
ビタミンの陰陽はそれで区別します。
その代わりに細胞に細胞壁があります。動物には無い。
料理では
この細胞壁をすりおろすと壊れるので、味が変わります。
また、
炒って焦がしてから炊くと、
これが壊れて皮の裏にある栄養分が抽出されて、ある一定の効果がでます。
代表的なのが炒り玄米のRBA/RBF
陰性な植物には陽性な細胞壁があるんですね。
魚には骨がありますが、貝やエビなどには無い。
骨がある脊椎動物は、脳と脊髄をもち、ヘモグロビンを持つ赤い血があります。
無脊椎動物、つまり骨の無い生き物は、
ヘモグロビン(陽性)がないからクロロフィル(陰性)を食べない。
骨が無い(陰性だ)から、固い殻(陽性)がある。
おそらく
固い殻には陰性なカリウムが多く、
柔らかい中身には陽性なナトリウムが多いでしょう。
中身に骨が無いという構造的に陰性だから、成分としては塩気が多い陽性になっています。
なので、
貝、エビ、蟹などには、骨のある魚よりはより陰性な調理をして、より陰性な付け合せをします。
酢、柑橘類、香りの強いネギ類などですね。
だいたい、5倍くらいでバランスが取れます。
そうすれば、
味もよく、身体の滋養になりますが、
添えなければ心身の負担になります。
(六師外道:ろくしげどう と呼びます)
彼らはそれぞれ独自の思想を説きます。
死後の世界など無いという唯物論
判断というものを中止する、つかみどころの無い鰻論
人間は業によるのではなく、生来の運命によって決まっているという運命論
人間も世間も、地・水・火・風・苦・楽・霊魂の七つで構成され、
これは固定的で実在し、不変で、何をしてもこの七つを通過するだけ。
無道徳論
身業を重視するジャイナ教
の六人
これらと仏教の大きな違いは「無我」の思想の有無です。
『沙門果経』によれば
お釈迦さまは
世間の多くは二つの立場に拠っている。
それは有と無である。
もし、人が智慧をもって世の中の出現を正しく観察するならば、
世間において無はありえない。
人がもし、正しい智慧をもって世の中の消滅を観察するなら、
有はありえない。
あらゆるもはある、というなら、これはひとつの極端説である。
あらゆるものは無い、というなら、これも極端説である。
ブッダはこの両極端に近づかないで、中道によって真理を説く。
これが仏教の基本的立場です。
絶対的なもの、論理的に説明できないものを、現実の言葉で特徴づけないで、心を止めて心を観察して平安を得る、という立場。
悟りとは、この中道を知ることであり、苦しみからの解脱は中道の生活をすること。
苦しみの原因を取り除くためには中道を体得する修行が必要で、それは、
正しいものの見かた
正しい考え方
正しい言葉
正しい行為
正しい生活
正しい努力
正しい反省
正しい精神統一
という八つの方法(八正道)
もっとも大切なのが正しい精神統一(瞑想、心のコントロール)
これを成就するために他の七つがあります。
日常の言動では、極端ではなく、調和がとれるように努力工夫します。
極端を離れるよういつも注意して話し行動し、
座禅瞑想などを常に修法して、心を中道に常住させるようにします。
良いとかダメとかを離れ、
常に冷静に心を観察して、どちらにも偏らない気持ちをもって接するようにします。
大乗仏教になると、中道は縁起や空という思想につながります。
この世のすべての事象・概念は、
「陰と陽」「右と左」「前と後」「因と果」「客体と主体」「機能・性質と実体・本体」
のように、
相対的な思考で成り立っており、どちらか一方が欠けると、もう一方も成り立たなくなります。
ですから、
片一方のみが、それ自体として自立的・実体的・固定的に存在・成立しているわけではありません。
迷いと悟り
衆生と仏
も同じです。
すべてのものも心も、
相互に依存しあっている。
これを六波羅蜜の修行によって体得し、
迷いも悟りも空であることを知ります。
六波羅蜜は
1、布施波羅蜜 :分け与えること。財施(喜捨を行なう)・無畏施・法施(仏法について教える)などの布施。
2、持戒波羅蜜:戒律を守ること。
3、忍辱波羅蜜:耐え忍ぶこと。
4、精進波羅蜜:努力すること。
5、禅定波羅蜜:心を集中して、散乱する心を静かにさせること。
6、智慧波羅蜜:すべては縁と条件によって成立し、何かと何かの関係性のなかで存在している。あなたがいるから僕がいる。右があるから左がある。宇宙を思うから宇宙がある・・・。
どちらかだけでは存在できないので、それに執着する必要は無い。執着しなければ諦められる。まあ、いいか、と。諦めれば苦しみから解放される。心が静かに平安になる。自他の争いが無くなる。
1、~5、の修行によって、6、が成就されます。
直接お会いすることができないので、
メールやLINEで写真を送ってもらったり
Skypeでパソコン画面から望診し
メニューやレシピをお送りしています。
世の中便利になりましたね。
これがなかなかおもしろくて、
相手はここを見てほしいと思っても、
こちらが見たいのはそこじゃない
あそこを見せて欲しいのだけれど
もっと左、といえば右が映る。
右と左がうまくかみ合わない。
望診法も進化しておりまして、最近では鼻の曲がり具合を見れば、ほとんどのことが分かるようになっています。
傾向としては、
温めるべきところが冷えていて、冷えているべきところに熱がある
上下では、下のほうが陽性だから下を暖め、左右では右が陽性だから、そちらを温めればいい。
身体各部の上中下のうち、下を温めます。
食べ物では、
食べる食べないと、考えていればストレスになるのであまり良くない。
工夫次第で何でもOK、と考えればいい。
カップラーメンだって、キャベツとワカメと納豆があれば滋養が高く、いろいろと効果的です。
考えかたが一番重要ですね。
何か困った事があるとき、
それには原因があり、
それを取り除けば解決するのですが、
その原因を探るのに望診が役に立ち、
それを取り除く食事などいろいろあります。
その時に、
自分流の解釈でやらないほうがいい。それ、錯覚ですから。
理論のあるもの、事実を確認すること。それで考えます。
それから、
一度聞いたり勉強したことは、紙に書いて、復習したほうがいい。
勉強して聞いただけで終わりにしないように。
子どもらが勉強するように。
なぜ、そうなるか、
を考える。
自他の内容は、大日如来のような大きな心である、
と知り、その大きな心に坐ることを基本とします。
大きな心とは、
自分のことだけではなく、広く他のことも心にあること。
修行によって宇宙大の大きな心が現れ、
苦悩はそこに収まり、
その心となるとき、
智慧と慈悲は 、一切の制限を超えて無限になります。
具体的には、四つの心を発すことが、密教の修行。
まずは、混じり気の無い心。
植物が出す酸素を我が吸い、我が吐く二酸化炭素を木々が吸うように、
自身は宇宙につながり、天地一切がこの身に集約されていると観想すること。
素直、無邪気、謙虚な心でいることが修行の第一歩。
次に、
すべての衆生を救い、助けるとの請願を実行する心。
あらゆる存在を、自分自身や親兄弟と思うこと。
自ら仏となって一切衆生を救う大誓願をおこすこと
どうして苦しむ人を放っておけようか
困っている人は他人ではない。
という心をおこすこと。
より仏教的には、
金品などの暮らしを助けることも大切だけれど、
信仰によって人の魂を高めさせることは、もっと大切。
三つめは、
道を求める心。
自らをよりどころとし、自分で考え自分で判断すること。
数々の教えの中から自分にあった最勝のものをみずから選び出し、それをよりどころとすること。
四つ目は、
心をまとめること。自分の心をありのままに知ること。
迷う前の心に戻り、
秘観を修して、自分の心の本性を見つけます。密教の瞑想法はそのためのカリキュラムを持っています。
それは、心の統一法ですが、
無念無想ではなく、
何を見てもその中に仏を見出し、見るもの聞くものすべてに悟り(曼荼羅)を実現すること
人は行為の記憶に支配され、
ああ、こうすればよかった
という思いが私を限定します。
だから、
いつも工夫を積む必要があり、そのために常に自分の内側を観想 する必要があります。
世間で言う「心」は外側からみただけで、自心を知ったことにはなりません。
その、自心に直入する方法が、密教の観想・瞑想法です。
悟りは、他から来るのではなく、
自分の中の菩提心より生じます。
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2016年【年間祈祷 ご案内】
1年間、毎月28日(または18日)に不動明王をご本尊として、ご祈祷を修法いたします。
ご祈祷は拝む人、拝まれる人の内面にある大きな慈悲を開発して智慧を生み出し、その智慧で迷いや煩悩を焼き尽くし、人生を豊かに平安にするものです。
どうぞ、皆様の煩悩を浄め、大厄を消除し、すすんで家内安全、商売繁昌、病気平癒、心願成就など、開運の祈願をなされますようご案内いたします。 一年間毎月ご祈祷いたします。
お名前、生年月日、祈願の種類(おふだ有り、またはお札無し)、
住所(おふだ有りの場合)
願意を下記へお知らせください。
※願意例
家内安全、身体健全、商売繁盛、無病息災、厄除招福、心願成就、当病平癒、 安産成就、 如意円満、学業成就、罪障消滅、報恩感謝、世界平和、萬邦協和など
※祈願料
☆1万円(おふだ有り、願意ひとつ)
☆二千五百円(おふだ無し、願意ひとつ)
【先祖供養】
毎月命日にご回向し、祥月命日に拝んだ後、回向の証をお送りします。
ご回向するご先祖の戒名(下記例参照)とご命日、施主さまのお名前、回向の証送り先住所をお知らせください。
※例
○○□□信士(信女、居士、大姉)、○○家先祖代々、水子供養など
※年間供養料(過去帳に記し、毎月命日に拝みます) 1霊2万円
※申し込みお問合せ先
眞天庵・穀菜食の舎・陰陽研究塾
電話・FAX:0285-35-4901
携帯電話:090-6257-1472
メール:sunagakounin@gmail.com
またはホームページから
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地位や名誉や財産が欲しいなら、
まずそれを欲する心を発して、それに向けて努力しなければならないように、
平和や幸せを求めるなら、
それを求める心を発して、それに向けて努めなければならない。
先の戦争ばかりではなく、歴史上の著名人らも一般庶民も、自分勝手な解釈で悲惨なことをしてきたのが人類の歴史ですが、
救いこそ生きる行為である、ということが人間にはいつも足りないのかもしれない。
病には多くの種類があり、それに応じた多くの薬があるように、
多くの心の迷いを治すために、多くの宗教、教えがあります。
般若心経秘鍵には
三界は客舎の如し、一心はこれ本居なり
(迷いの世界にいる人々は、あたかも旅先の宿の客のようである。
その人々の中にある一心こそ、悟りの本心にして、本来の住居である)
とあり、
この一心とは、個別ではない心。
一切衆生を自分自身とも親とも師とも思うこと。
他人を見て、その人が恩師や最愛の家族だと思えば、乱暴なことなどできない。
そうは思わない、自分自身のことだけ、という心は堕落した仮のもの。
でも、人間の日常は、その一心を忘れやすく、個別の殻を厚くしやすい。
だから慈悲の心を常にこころがけ、少なくとも宗教を信じるものは、混じりけの無い心で、大悲を行じるべきです。
それが平和と人類の幸せをもたらす。
人生で、いかに苦しみが多くても、その苦しみは克服することが可能性があります。
でも、
死は元に戻らない
だから、
死ぬようなこと、殺すようなことをしてはいけない。
僕らは生きているから悟れる、ともに幸せになれる。
だから、互いの身体は大切にしましょう。
怨みに報いるに怨みをもってしたならば、
ついに怨みの止むことが無い。
怨みを捨ててこそやむ
これは永遠の真理である
(『法句経』第一品)
食養では、怨みの原因は腎臓の疲れと考えます。
腎臓は多量のタンパク質摂取に弱い。