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『般若心経秘鍵』の頌を読む 5

二我何れの時にか断つ
にが いづれのときにか たつ
三祇に法身を証す
ざんぎに ほっしんの しょうす
阿陀は是れ識性なり
あだは これ しきしょうなり
幻影は即ち名賓なり
げんにょうは すなわち みょうひん なり


あらゆるものは心から生まれる、

ということ。

心が思うから見える、聞こえる、感じる。

思わなければ、何も無いのと同じ。


心の底のほうにDVDがあります。

そこにいろいろなものが記憶されます。

そして、いろいろなタイミングで再生され、

新しく更新されたり、編集されたりして録画されます。

そこには善も悪も、好きも嫌いもどちらでも無いも、

全部記録記憶されます。

この根本DVDから現れるものは、

ただ、仮の名と、賓客として仮の姿があるのみ。

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[ 2019/03/05 09:19 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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