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みきわめの智
何かに押しつぶされそうな精神状態でいると、酒の量などが増え、身体の表面にもいろいろな症状が現われます。 

左の小鼻に吹き出物が増え、これは肺か生殖器の疲れ、と望診法では診ます。

そういえば同じ肺系である親指の色も悪い。

こういう時はコーレンやレンコンと葛の飲み物が効果的なのだけれど、

ストレスが強いと何も口に入らない。

そういう時は「安心感」が有効。

そのために心を観察します。

苦しみや悩みは心が作ったもので蜃気楼や幻と同じですから、

楽も心から発生させることができます。

しかも、

苦しみ不安も安心幸福も、その実体は作られ滅するのではなく、どちらも元々あるものです。

どこからかきたものでも、どこかへ消えてゆくのでもなく、ただあるだけのもの。


心は自由です。遠くのこと、昔のこと、未来のこと、何でも今すぐに思うことができます。

その時、何でもが心の中にあるから、心は宇宙より広い。

心の中に宇宙のすべてが詰まっている。

恩師、両親、家族友人知己、植物鉱物動物いろいろ思い浮かべると、

それらの性質が自分の心の中に広がる。


恩師への感謝、両親のあたたかさ、家族のありがたさ、石の硬さ、風のさわやかさ、ごはんのおいしさ、すべてを美化する必要は無いけれど、とりあえず良いところを思えば、その良い点がすべて自分の心の中にひろがる。

自分の外に広がっていたその大きな心を、

自分の身体の中にある心にまとめます。すべての性質が自分の中に吸収される。

見習うべきもの、優しさとおもいやり、感謝反省、もちろん宇宙そのものである仏も自分に入る。

そのように、

心の様子が分かれば、

大地がすべての生き物のよりどころであるように、心もあらゆるものの拠り所であり、

水がすべてを潤すように心もそうであり、

火が薪を燃やすように心は迷いを燃やし、

風が塵を吹き飛ばすように心は不安を消し、

空が大きく広いように、心もそうであると知ります。


その瞬間、仏の心ではなく、仏の身体になります。

仏になれば苦しみは消え、安心感がやってきて、心身が癒される。


そして、

吹き出物も汗と大小便で排毒されて改善する。 

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[ 2017/04/25 07:46 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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