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只今思うこと
アンタ、肉は食べないんだよね

と、卵焼きとエビフライを僕の皿に取ってくれた95歳のおばあちゃんはとても元気なのだけれど、

70歳を過ぎた身体が弱い息子さんの介護をしていると言う。


おめえ、ナマものは食わねえんだろ

と、宴会オードブルのトンカツを取ってくれたおじさんが

オレの葬式はこんな風に密葬にしてくれよ

と言う。

密葬はこっそりと誰も呼ばず秘密に行う、ということなんだけれど。


歳なんだから鳥肉食わなきゃだめだよ

と、ササミをすすめてくれたおばちゃんはひどい腰痛持ち。


外に出ると野菜も野菜の話も少ないなあ。



それはさておき、

外は雪でございます。


涅槃経にある

「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂」

を雪山偈といいます。

お釈迦さまが前世において雪山童子であった時、

この偈の後半を聞くために、身を羅刹に食べさせた、という。


あらゆるものは変化し生滅を繰り返す。

変化し生滅する存在であるのに、それを常住なものと観るから苦が生じる。

それを忘れてはいけないよ

というのが仏教の立場。



『性霊集巻五』には

私は、ただ雪の中に肱を枕にし、雲峰に采を喫ふことのみ知る

とあります。

私は坐禅修行に精進しているだけで、他に才能も何も無いのですよ。

ということ。





15年前の今日2月4日

恩師田中先生が遷化されました。世寿八十五.

僕は今年で五十二歳。

恩師がその歳に書かれた

「只今思うこと」

という文章があります。


老人にとっては身体が丈夫であること、金に困らぬこと、子や孫との間がしっくりいくことは大事な幸福の条件である。

中でも人間関係の問題は大事であるが、それに恵まれるかどうかは、何よりも本人のありかたによるところが多い。

まわりの者の多くが邪慳であったり、欲で短気で、怠け者であったりするのは、本人が邪慳で欲で短気で怠け者である証拠かもしれない。

もし人が勤勉になれば怠け者は遠ざかり、思いやりが深くなれば邪慳な自分のことしか考えぬ人もかわってくるであろう。



祈りは祈り、あとの生活はあとの生活というのでは十分ではない。おつとめはそれ以外の生活の姿勢をつくるためのものである。


広く世のために祈り、その座を立ってからもなるべくそのあたたかい豊かな心の姿勢を持続するのが高い信仰生活である。


人は苦しみや悩みの中にいると、自分だけが苦しんでいるように思え、気持ちが荒れてくるものである。

しかし、自分だけが不幸だと思うのは思いちがいで、苦労のない人生はどこにもない。

しかし、苦労のうけっぷり、しぶりには無量の個人差がある。

お互の考えなければならぬのは実にこの点である。

苦労にうちかって人間的生長をとげたいものである。



さて、雪かきをしようかな。


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『霊障・祟り・お浄め』
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[ 2014/02/04 15:59 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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