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嫌いな人
『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』に、

あらゆるものはみな、自心より起る。

総ての迷いも、身体も、世界も、

それらの現象はみな幻の如く、焔の如く、音響の如く、

永遠常住ではなく、滅して平等の真理に一致し、

しかも、虚空に充満している諸仏は、

我々を(そのことに)目覚めさせる

とあります。


たとえば、

僕がAさんを嫌いなのは、

僕の心が作ったイメージであり、実体はなく、真実でもありません。

総ての人がAさんを嫌いなわけではなく、たまたま僕がそう思うだけですから。

そして、

僕はAさんを好きになることもできます。

そう思えば良いだけで、事実そうなるかもしれません。

それらは心が作るイメージ。

幻と同じ、一瞬一瞬燃えては消える焔と同じ、発しては流れ消える音響と同じ。

好き、も同じ。

大切なのは、僕がどう思うかで、その思ったことに実体はない、ということです。

そんなもの、本当はないんだ。

そして、

そういうことに、自分で気づくこともあるけれど、

自分以外から教わることが多い、ということ。

なかなか起きられない朝に、

さあ、朝ですよ、起きなさい、

と言われるように。


そうして目覚めたら、

事実を大切にして、

心を観察して、

怠惰な生活に満足せず、

自他の平安を目指します。



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[ 2019/06/14 07:24 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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