忍者ブログ


心とカラダ
心の状態は身体の表面全体に現れますが、

分かりやすいのが眼と手。

だれでも、眼を見れば何となく分かりますね。

緊張すれば眼球が寄り、黒目が小さくなり、目全体が細くなる。

リラックスすれば逆の様子になる。


ウソツキの手は遊んでおり、

真実を語る時は固く不動。

けれど、

手首が固い時は、思考も固い。



それはさておき、

東海林さだおの「ビーフシチューの態度」(『おにぎりの丸かじり』)に、

ビーフシチューの態度は嫌いだが、

ビーフシチューそのものは好き。

これは、

性格は嫌いだが、カラダは好き

と同じ

とある。 


この性格、つまり心とカラダは別なものかどうかは、よく議論される。


イチローを拝んでも野球はうまくならないけれど、

イチローのように練習をすれば、少しはうまくなる

練習すれば、イチローのようなカラダと心になれるかもしれない。

仏教でも、

仏像や仏画を拝むだけでは仏になれず、

仏のようなことをすれば仏の心とカラダになる。


仏教は瞑想の宗教で、瞑想によって世間の実相を体得するのが目的。 

自分と仏が同じという三昧を得れば、

他人に対しても仏の心で接するようになる。


自分の中にある仏の性質を見つけ、
 
それを確固たるものにすると、

自分は仏と同体であり 、

それが自分以外も同じであると理解できる。

その時、

自身は仏体になる。


仏のような行いをすれば仏になり、

仏の身体になれば、仏の行いをする。


密教では、

自らの金剛性を体得する

と云う。

 
こうして、

性格もカラダも好き

という状態になるかな。





※お知らせ

1、施餓鬼供養(先祖供養)のお知らせ

2、お盆のお知らせ

3、ご祈祷のお知らせ

4、出張講座・教室のお知らせ

お参りに行けないけれど、供養祈願を頼みたい

というかたも、ぜひどうぞ。

5、心の調えかた:家庭での瞑想修行次第(pdf)

6、仏さまの拝みかた(pdf)

pdfが読み込めない場合はこちらからご覧ください。




PR


[ 2018/06/30 06:07 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

コメントを投稿する






<< 道草 聖心女子大学編  |  ホーム  |  最近の大人 >>