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心の探求 3
坊さんだって人間だから、

坊さん以外の人と、考えていることもやっていることも同じだよ

というような言いかたがある。

坊さんが医者や教師やおまわりさんや総理大臣だったりすることもある。

さらには、

サルでもイヌでもネコでも同じですよ

とも聞く。


そしてまた、

大人も子どもも同じですよ、というような言いかたもあり、

それが、

男でも女でも

日本人も外国人も

というのもある。 


生きかたはみな違う。

同じようにウンコやオシッコはするけれど、頭の中とそれに基づく行動は違う。

誰一人として同じものはない。 


サルはサルである。人間と似ている点があるかもしれないけれど、

現象が似ていることに意味は無い。

そして、

心の働きで、論理的説明がつけられないものは妄想である。


ところが、

『金剛頂経』では、

私と大日如来は相似であるから、同じものである

と説く。

この経にある「仏になる方法」を修法することで、

心は仏の心になり、

身体も仏になる。

仏の世界である曼荼羅の中心に入り、

自心の中にも曼荼羅が現れ、

中心におわす大日如来が自分であり、その周囲の仏菩薩諸尊が私の心の働きをする。

脳が大日になり、身体の細胞それぞれが眷属になる。


つまり、

私が大日と相似になるように、体と言葉と心を調えれば、

私は大日と瑜伽(相応)できる。

簡単に云えば、 

勉強と修行によって心が仏のそれと似てくれば、

身体も仏になって、仏と我が同じになる。

それは、今見える私ではなく、本来そうであるべきものになる、

ということ。


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[ 2017/06/19 06:23 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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