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食平等
修行道場の食事作法では、最初に、 

「平等行食(びょうどうぎょうじき)」 

と声に出してから作法が始まります。 

食事に限らず、仏教は徹底的な平等主義です。これは、全ての生き物が平等に仏になれる、ということで、民主主義的な平等では無い。 

全ての人は完成されている、完成する可能性がある、という意味での平等。根源の平等であって、社会的平等とは違う。 

この辺を間違うと、だれでも平等に同じものを同じ量食べるのが平等かということになって、ややこしくなる。 

平等面だけを強調したとらえかたを「悪平等」と言い、避けるべきものです。 


ここに一匹の魚がある。 

お母さんがそれを料理する。 

小さな子には柔らかく煮て少しの量を。 

お兄ちゃんにはフライにしてカロリーを上げてたっぷり。 

お腹の調子が悪いお父さんには葛を混ぜて蒸し団子にして。 

食べる人それぞれに合うようにする。 

これを、みな同じ量、同じ計らいで食べさせるのは悪平等。世の中にはそういうことがままある。 

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[ 2015/06/01 09:03 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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