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人生の問題と人間の宿命
人生問題の多くは、

あるべきもの、と

あるもの

の違いから起こります。

本来清浄であるのに、現実には汚れている。

努力工夫すれば思いは叶うのに、それをしないから思い通りにならずに苦しむ。

また、

いろいろな不幸不満は、

自他を差別することから生じます。

ですから、

見かた受け取りかたの問題。

これも、

自らの中に原因があります。


悩み不幸になる原因は、生きる中に内在しており、

山中独りぼっちで生きるわけにはいかない限り、

あなたとともに生きています。

それゆえに、

差別区別から生じる悩み煩悩の中に生きている、

と云うのが人間の宿命です。


本来、僕らは、

偉大で清浄な仏であり、善悪以前の存在です。

しかし、

現実は喜怒哀楽の中に沈溺している。

このままで、

自分は本来仏であるなどと、現実を肯定するのは危険です。

何も解決しない。


現実を懺悔反省して、

自分の悪い面を知るのが、

本来の仏に戻るための修行になります。


例えば、

正坐して合掌し、

昨日会った人、便りをもらった人すべてを思い出しながら、

ひとりひとりに対して懺悔します。

本人の前で五体投地しながらが良いのですが、

そんなことは難しいので、心の中で行ないます。

あなたの姿をありありと思い出し、合掌して懺悔文を唱える。


我昔所造諸悪業 (僕が作った悪業は)
がしゃくしょぞうしょあくごう

皆由無始貪瞋癡 (貪りと怒りと無知が原因)
かいゆうむしとんじんち

従身語意之所生 (身体ことば心から生じる)
じゅうしんごいししょしょう

一切我今皆懺悔 (すべてを懺悔します)
いっさいがこんかいさんげ

と。


100人いれば百回唱えて拝む。


こうした無条件の自己批判が、

宿命を乗り越え、

人生問題を解決するひとつの方法です。




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[ 2018/01/12 11:00 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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