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[ 2024/03/29 16:02 | ]
仏教が始まる頃
お釈迦さまの時代(紀元前4~5世紀)古代インドには正統派バラモン教と非バラモンの宗教がありました。

バラモンはカースト制度最上位の司祭階級のこと。
 
北インド諸民族のほとんどがインド・アーリア人を祖先に持ちますが、

元来、アーリア人は遊牧民として牛を所有し、戦闘に従事する武士階級(クシャトリア)が主体でした。

そして、

自然の恵みと戦闘の勝利を祈願するための宗教が生まれ、

複雑な祭式儀礼を司る専門の司祭階級がバラモンとして勢力を持つようになります。(紀元前1000年ころ)

バラモン教の根本聖典をVeda(ヴェーダ)と云いいます。

ヴェーダ聖典は、狭義に三つないし四つの本集(サンヒター)を指します。

それは、

1、リグ・ヴェーダ:神々にたいする賛歌の集成
2、ヤジュル・ヴェーダ:ブラーフマナ文献(祭事部門)。この中にアーランヤカ(森林書)と  ウパニシャッド(奥義書:知識部門、梵我一如を説く)がある。
3、サーマ・ヴェーダ:旋律の集成
4、アタルヴァ・ヴェーダ:呪法の集成

Vedaの宗教は多神教(三十三天)

インドに入ったアーリア人にとって重要なのは、

インドラ神(帝釈天)と、祭式の中心を構成するアグニ神(火天)

インドラ神は酒に酔って暴風雨を巻き起こし、敵を打ち破って牛を奪う。これはクシャトリアの理想像で、

アグニ神は宗教儀礼・家庭生活に最も重要な火の象徴でバラモン的な性格を持ちます。

Vedaの宗教はこの二つを始め多くの神々に犠牲を捧げて祈り、

その加護によって種族の繁栄を目的とします。これをyajna:ヤジュニャー(供犠)と云います。


そこで祈られるのは、子孫と家畜の繁栄、長命、怨敵の降伏、名誉の獲得などの現実的な願い。
 
儀式の際に祭壇に呼び出される神は大きくなり、他は小さくなる。これを単一神教と云います。(henotheism)

更にその一神は儀式の都度交代します。だから交代神教とも云う(kathenotheism)


神々の中で、インドラ、アグニ神が特に重要視され、その祭式によりバラモン教が成立しました。

バラモン教はバラモンによる供犠の祭式が主体の宗教です。


広義のVeda文献の中に、本集に対する注解として膨大なブラーフマナ(神学書)が成立します。

さらに附属してアーランヤカ、ウパニシャッドの宗教書が編集されました。

これらはすべて天啓として絶対の権威を持ち、この権威に逆らうものは異端とされます(→沙門)

その後、多神教の神観に変化が現れ、従来の多神教の神々の中から創造的な性格を持った統一神が出現し、ブラフマー(Brahmā:梵天)と呼ばれます。
 
これは人格神であると同時に宇宙の根本の理法・中性原理としてブラフマンとも称されます。
 
ブラフマンは元々バラモン祭官の祈祷の言葉とその魔力を指す言葉でしたが、

宇宙の最高原理、唯一真実の実在を指す言葉となります。

以上のように、

バラモン教とはVedaの宗教の上に、

このブラフマンの宗教がバラモン司祭者階級を中心として展開した宗教。


現在、ウパニシャッド(Upaniṣad)の名称を有する100あまりの文献が知られていますが、

特に古ウパニシャッドと称されるものは、お釈迦さまより以前にMadhyadesa(インド中部高原)で作られました。

ウパニシャッドは別名奥義書と云われるように、師弟間に伝えられる秘密の教えです。 

そこでは、

最高神としての Brahmā あるいは中性の大宇宙原理としてのBrahmanと、個人的な我(Ātman:アートマン)との合一が説かれています。

Ātmanは元々呼吸の意味でしたが、人間の内面の実在を指すことになり、

「自我」を表わす代表的な語となります。

 
そして、人間の最も内奥にひそむ Ātmanこそは、宇宙の最高原理としてのBrahmanと同一であるという認識が Upaniṣad 哲学の最高の真理とみなされました。


この所謂 梵我一如(BrahmĀtman)の思想は、

バラモン教あるいはインド教の基調として2500年に渡り現在に至るまで、インド思想の王座を占めています。



仏教では、大乗小乗などのすべてを通じて最も重要な教理として四法印が説かれます。

1、諸行無常:すべての現象は変化して移り変わる。だから執着しない。
2、諸法無我:すべての物事は自己ではなく、実体は無い。だから執着しない。
3、涅槃寂静:執着が無いから煩悩は消え、そこは安らぎである。
4、一切皆苦:すべての現象は苦である。

このうち、特に諸法無我は仏教教理の最も重要な思想的特徴で、

古代インドにおいて、仏教徒たちはこれによってバラモン側から無我論者(anātmavādin)と呼ばれます。

この仏教特有の無我説も、正統バラモンの有我説に対する反対命題として理解されるべきもので、

諸法無我とは、全てのもののありかたは、我が無い の意であり、固有の実体としての我は無いということです。

Upaniṣadに説かれるような、

すべてのものに内在し、内部からものを主宰し、永遠性を持ち(常住)、絶対のBrahmanと本質を等しくするような実体としてのĀtmanは無い、ということになり、

仏教はUpaniṣadの哲人が思弁をこらしてついに到達した根本原理を否定して、

迷える人間の存在が、その存在から超越し、成仏し得るという教理を、縁起の教えとして成りたたせます。

仏教の哲学が無我説として、正統派バラモンの有我論の哲学と基本的に相違していることは重要。


正統バラモン有我説に対して、インド思想史上最も重要なものはUpaniṣadにありますが、

その中に転変説という思想があります。

 
それは、

宇宙の最初にあると想定される唯一の精神的原理である梵、あるいは梵天が、

性質上、質量因あるいは動力因としても活動性をもち、

梵自身の持つ活動性によって梵自ら変化を起こし、転変して、

その中からさまざまな衆生なるものが生じて、我々が現在見るような雑多な世界があるとします。


※参考
例えば、

焼きそばの質料因は、生麺や豚肉など、焼きそばの材料を指す。

焼きそばの作用因(動力因)は、「焼きそばがここにある原因」つまり料理人による実際の「調理」そのものを指す。 現在「原因」と言った場合、多くこれを指す) 



正統バラモンの体制では、この転変説によって宇宙と生成を解釈します。

それは哲学上形而上学に属する一種の宇宙論であり、正統バラモンの思想の特色です。

正統バラモンの体制では、この形而上学を出発点とし、そのすべての学説をその上に成立させました。


この転変説をとるものは必ず禅定を修する必要があります。

禅定は dhyānaのプラークリット形(俗語形態)であるJhāna の音訳と意訳を一音づつ重ねた語で、静慮とも云います。心が静まること。

心がとても静まった良い状態になることが、禅定の効力のひとつ。

そうすれば安楽な気持ちになり、さらに個人的な心が無くなり、個人的なものより一層深く入った全ての人々の心に通づる普遍的な心に到達できます。

これが禅定の目的。

 
禅定においては肉体と精神の二元において、

肉体が勢力を持っているために、心がそれによって穢されると考えます。

その場合、肉体はそのままで精神あるいは心を肉体から遠ざけて静めることに努めます。

肉体と心が結合しているために、心がその本性を表わせないと考え、

その結合を解くことが必要とされますが、

究極的に肉体の影響を受けないのは、肉体の死以外にありえません。

ところが修行が完成しない限り、輪廻によって生まれ変わることにより、再び精神と肉体が結合した状態になってしまいます。

 
結局、現在の生存において、幾分でも禅定の状態に入った時は、

その期間のみ少なくとも肉体の力をあまり受けないことになり、

禅定に入っている期間だけを目的として修されます。

 
この禅定とは対照的にタパス(tapas)とヨーガ(yoga)があります。

tapasは本来熱の意味であり、精神的肉体的緊張を指します。

古いリグ・ヴェーダ(ṛgveda)の賛歌においても、神々はtapasによって世界を創造したとあり、

人間もtapasによって特殊な体験をすることが可能とされます。
 
tapasは苦行のことで、特に断食節食など食事から肉体を苦しめる修行。


精神と肉体の二元に対する考えかたも、禅定とは全く逆であり、

心はそのままにし、肉体を苦しめその力を削ぐ。そうすれば心は乱れないと考えます。


また、両脚を組んで坐り、肉体に苦痛を与えることにより、

特別な精神的体験をし、恍惚状態または忘我の境地に到達する。

このような修行をyogaと云います。yogaとtapasは結びつくことが多い。

お釈迦さまが在世したB.C4~5頃の古代インドには、tapasやyogaを行う出家修行者が多く、

śramaṇaと呼ばれ、その俗語形Samanaから沙門と漢訳されます。


仏典では必ず沙門はバラモンと併記され、

彼らは正統バラモンの体制から異端視され、これに対しVeda聖典の権威を否定する傾向をもった非バラモン的宗教思想の流れを形成しました。

当時の出家には、

1、四住期による出家
青年期に師匠の家に住みVedaの祭式を学び
成人して生家に帰り、結婚して家を守り子どもを儲け
祖先の祭祀を絶やさぬようにしてから出家し
隠者の生活に入る。

2、バラモン社会に嫌気を抱いて、直ちにその社会から出家する。

の二種類がありました。

彼らは正統バラモンの転変説とは対照的に、宇宙の根源はひとつではなく多であり、

多数の要素が存在すると考えていました。
 
その多数独立の要素が、何らかの形式で結合し集積して、今現に我々が見るような雑多な世界が成立した、ということ。

世界は元素で作られている、というような考えかたです。

このように、

雑多から雑多が成立するというのが思想的特徴です。

 従って霊魂の多様性を信じ、霊魂と物質を区別し、世界を実在視しました。

さらに、正統バラモンがたてるような世界の創造者を否定し、最高神を認めず、

Vedaの祭式をはじめ、Vedaの聖典や神々の権威を認めないので nāstika(異端)と呼ばれていました。

仏教もまたこの沙門の宗教として、 nāstikaのひとつとみなされます。
 

最初期の仏教が、

神をたてない人間中心の宗教である特殊な性格は、このような古代インドの歴史的事情によると考えられます。


(昭和63年 高野山大学仏教学概論(蜜波羅鳳洲先生)の受講ノートから)


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[ 2017/03/21 09:26 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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