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少しもじっとしていない世の中
30年振りにあった同級生が、

オマエ、変わってないなあ。
 
俺なんか30キロも増えたよ

とお腹をさする。



この歳になって、

変わらないね、

なんて言われると、

成長していない、貫禄が無い、頼りがいが無い、貧弱、なんて感じもするけれど。


毎日会っていれば、相手の変化に気がつきにくい。

しばらく振りに会うと変化に気がつく。


毎日分からなくらいのスピードで、少しづつ僕らは変化しています。

心も同じ。変わっている。

知識や経過が増えて、心も変わる。


僕の身体も心も、じっとしていない。

森の木も、海の生き物も、なんでも、じっとしていない。ちょっと見ない間に変わってしまう。

いきなり大きく成長したり、いきなり老けたりはしないけれど。



僕は小学生の時、

通信簿にはいつも、落ち着きが無い、協調性が無い

と書かれていたけれど、じっとしていないのは生き物として当たり前。

長い目で観れば、みんなじっとしていない。

じっとしていない、というのは陽性ということで、子どもは大人より陽性だから、じっとしていない。
 


今の僕は今だけの僕で1秒後には変わる。
 
1秒後の変化はわかりにくけれど、10年後の変化は分かるかな。

そういう、見えるところに変化があれば、その裏側も変化しています。現象の本体も、まったくじっとしていない。

それをエネルギーといいます。

で、

この、じっとしてないことを、諸行無常といいます。

じっとしていないから、それに固執執着できない。だって、変わってしまうのだから。

執着しようとするなら、それは変化する前の、すでにもう無いものに対する妄想。

それは、本当に大切なものなのかしら。





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[ 2015/11/25 19:33 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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