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本分ノ心蓮自然ニ開ク
身体、苦楽、概念、欲望、認識、

これらは固定しておらず、

夢や幻やぱっと消える石火のように、

生まれては消えます。


苦しみや悩みは、

愚かさによる迷いによるものなので、

とにかく心静かに坐り、

心の中を観察して、

元々からある悟りの智慧を探してみます。


心は宇宙に広がり、

有るのでもなく、無いのでもない。

 ただ明るさのみがあるだけで、他には何者も無い。

心は(つまり悩みや苦しみや迷いは)

来るのでも去るのでもない。

迷いは元から無く、何かの因縁より生じるだけ。

心は本体がなく、虚空に溶け込んでいるから、

隠れることも現れることも自在で、

昨夜の満月が、いくつもの水面に映るようなもの。

私一人単独では心は存在せず、

何か他のものとの関係性の中で、発生します。

それは

自然のままであり、何の造作もない。

そして、
 
誰も伝えないけれど、そのままに誰にでも備わり、
 
万物の根源になる。

根源になるということは、

一切は実体性がなく、

「有る」ことが真実である。

もし、

心に迷いではなく、

真実(中身)を観る智慧が備わっていれば、

万物は潤い、

それは虚空に遍満している。

つまり、

元からある心(これは優しさや思いやりのこと)

は冷静に観察するだけで、

自然に開いて自他を潤す。



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[ 2017/12/04 07:28 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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