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続・高野山 金堂の本尊
高野山 金堂の本尊:  http://shintenan.syoyu.net/Entry/1030/

から続きます。

 
薬師如来は四十九日の

阿閦如来は七回忌法要の

本尊として拝まれます。

その他の法事では、

初七日 不動明王
二七日 釈迦如来
三七日 文殊菩薩
四七日 普賢菩薩
五七日 地蔵菩薩
六七日 弥勒菩薩
七七日 薬師如来(四十九日)
百か日 観音菩薩
一周忌 勢至菩薩
三回忌 阿弥陀如来
七回忌 阿閦如来
十三回忌 大日如来
三十三回忌 虚空蔵菩薩

と十三仏を拝む習慣がありますが、経典儀軌にはなく、室町時代くらいからの俗説です。

でも、いまや宗教上の文化になっている民間信仰。

十三仏をまつるなら、マンダラのほうが良いとは思うけれど。


それはさておき、

昨年の高野山金堂本尊ご開帳でのお姿を見れば、阿閦如来ですね。

右手が大地を指す降魔の印ですし、

そもそも 脇にいる仏さまが阿閦如来の 四親近(ししんごん:阿閦如来の徳を四分)

である金剛薩埵と金剛王菩薩ですし。

参考)高野山霊宝館ホームページ
http://www.reihokan.or.jp/bunkazai/nenpyo/kondo-s.html


長く秘仏であった
 
同じ東方世界にいらっしゃるから
 
勅願堂である金堂には薬師を安置する、という平安時代からの習慣

諸仏は医王の如く、法は良薬の如く、僧は看護師の如く(『大智度論』) から、

薬師を諸仏の通称とする

などから、阿閦を薬師としたのかもしれない。

阿閦は行者向け、薬師は信者向けなのかな。


『秘密仏教の研究』(森田龍僊博士)では、

上記以外にも多くの資料をあげながら、本尊は阿閦であるとしています。

『密教辞典』(法蔵館)には

高野山金堂の本尊を薬師とするのは、後世の俗説に過ぎず


『高野山 - その歴史と文化』(法蔵館)のなかで田村隆照先生は

佐和博士の論考として

中尊は阿閦如来の”能く一切の頻那夜伽・悪魔鬼神等を摧して、悉く不動ならしめ、行者の菩提心を堅固ならしむ”という性格からとりあげられたのかもしれない。そして、その四親近の一つとしての金剛薩埵・金剛王菩薩が両脇侍的な意味においてとりあげられたのであろう。以下略

それにしても高野の金堂が薬師をまつる薬師堂であると『高野御幸記』などで説明されたりして、草創時の修禅の一院の精神はいつの間にか薬師信仰にすり替わっていた筈であるが、『高野巡礼記』で再び阿閦仏とされているのは何故であったのか。やはり大師の開創の精神を明確に受け止めて、その本尊の尊形を継承した心ある阿闍梨あってのことかと思われる。以下略

とある。



阿閦如来の、単独での仏像は高野山金堂以外では知られていない(と思う)けれど、

金剛界五仏の一として、

高野山西塔
 
京都・東寺講堂の立体曼荼羅

でおまいりすることができます。

高野山西塔は、

中心は金剛界の大日如来、周囲に胎蔵の四仏をおまつりし、

金胎不二を表す、と説明されていますが、

実際には大日も四仏も金剛界と考えています。

(平成元年加行の際、松長先生から、信仰上と実際の造像は違うという話を伺いました。
そうすると、根本大塔の四仏は胎蔵なのに、柱絵は金剛界の十六大菩薩になっているのが、どういうことなのかわかりません。
 『根本大塔柱絵十六大菩薩像修復報告書』(H9.6.20)には、
大塔内五仏像については、古くは胎蔵五仏としているが、現在では中央胎蔵大日と四方が金剛界四仏であるとされている。これについては種々問題点も含んでいるが、本書においては、四仏を金剛界の阿閦・宝生・無量寿・不空成就の各如来と捉えることにした。
とある。2016.12.16記)



お薬師さんの仏像は作例が多いけれど、僕が好きなのは、

奈良室生寺のお薬師さん。

これは国宝で伝釈迦如来となっており、薬壷もお持ちではありませんが、

お堂の蛙股に薬壷が刻まれています。

信仰上はお釈迦さまで、実際はお薬師さん、

というところかな。
http://www.murouji.or.jp/hotoke/p1.html  

それから、

京都神護寺のお薬師さんも美しい。

この二体は立像、今すぐにでも救済に出かけるお姿。

高野山高室院(霊宝館所蔵)の美しいお薬師さんは坐像。

坐っているのは瞑想修行する本尊、観想のための仏。


 

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[ 2016/12/15 11:47 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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