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飲む、打つ、買う
世の中のすべてのものはじっとしてない

なのに、

ある一瞬に見聞きしたものを、永遠のものだと勘違いしていたり、

この世にあるものはひとりで存在している、と勘違いしていると

苦しみが生じます。

そんなものはすでにもうないのに。

右が無ければ左もないのに、右じゃなくてはだめ

と思っていたらもう大変。

何かと関係していなければ何も存在できないんです。

僕以外のものが無ければ僕を限定できないのに。 

小難しく言えば、

あらゆるものは諸行無常なのに、諸法無我を知らないから苦が生じる

ということ。


そのような、

常に在る、自我がある、という執念の炎が吹き消されると、心は穏やかになり、悩みから開放されます。

これを涅槃寂静といいます。


ところで、

古来女性が好きなものが「いも、くり、なんきん」 とか「いも、タコ、なんきん」

これはお金も大してかからず可愛いものですが、

それに対して男が好きなものが「飲む、打つ、買う」

これはお金も時間もずいぶんとかかりますねえ、

というのは落語の枕によくある話。


でもね、

お酒も賭け事も女性も、それ自体には何の問題も無い。

お酒を飲んでも何の問題もない。

お酒でダメになるやつは酒までの人間。

競輪競馬パチンコをしても、法律の範囲なら何の問題も無い。

それでダメになるやつはそれまでの事。

 女性と遊んでも何の問題も無い。

それでダメになるやつはそれまでの男。


酒も賭け事も異性も、

それ自体は何ら善悪美醜の区別の無いもの。ただ在るだけ。あるように見えるだけ。

見方によって、ある時は美しく、ある時は汚れる。

それに執着する我に問題がある。 

執着の炎は、正しい生活法と修行によって吹き消すことができますが、

執着の反対は諦めること。

まあ、いいか。

そんなことはどうでもいいじゃないか、

もっと大切なものは、自分の中にあるのだ。

ということ。


人もモノも表裏内外があるから、

これと決めないで、まあ、いろいろあるねえ、と互いに足しあい補いあえばいい。


僕にも長所短所があって、役に立つこともあれば迷惑をかけることもある。

でも、

今できることをまじめにやっていれば、周囲と自然に調和する。 

長所が誰かを助けるし、短所は何かが補うから。


個人の悟りとか幸せ、世の中の平安というのは

いろいろなものが調和している

ということ。



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[ 2015/11/29 07:15 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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