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2、仏教の目的
仏教の目的は成仏、成菩提。

仏になること、悟りに達すること。


『大日経』に、悟りとは、

「実の如く自分の心を知ること」

とあり、

お大師さんの『御遺誡』には、

自分の心、仏の心、衆生の心

の三つが差別なく同じものと知ること

とあります。


仏教でよく使われる喩に

金と金で作られたものや、水と波

がありますが、仏・自分・衆生はそのような関係にあります。


人には生老病死と、

愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と分かれること
怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと
求不得苦(ぐふとくく) -  求める物が得られないこと
五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(肉体と精神)が思うがままにならないこと

の苦しみがありますが、その苦しみから脱することが解脱であり、悟りであり、仏教の目的とも言えます。

またそれは、

真理の法に目覚めること

とも表現されます。

後に書きますが、お釈迦さまが悟られた縁起の法や空を理解し、「私」や「モノ」など存在の分析を体得することにより、世界や宇宙のしくみ、ダイナミックな真理に目覚めることができれば、執着から離れることができ、苦しみの輪廻から解放されます。


さらには、

一切の衆生を救うこと

も仏教者の目的です。

仏教には自利と利他という言葉があり、

自分が悟って心が自由になる自利=仏の智慧を得ること

他人の心を自由にする利他=仏の慈悲を実践すること

があります。

慈悲は

苦しみを抜き、楽を与える

ことですが、これが衆生を救うことです。


身体を使う、お金を使う、笑顔を見せる

なども慈悲行ですが、

気の毒だなあ、悲しいだろうなあ、と共に苦しみ悲しむことが大きな慈悲につながります。

 
お大師さんの『三昧耶戒序』には、

苦しみを抜き楽を与えるには、まず苦しみの源を断つ必要がある。

苦しみの源を断つには、まず仏の教えを授けることである。

そのために小乗大乗各宗派など、その人の心に合った教えの入門先がある。

人々の宗教的資質はさまざまであるから、教えにも区別がある。  

とあります。


悟りとは一般的に言えば「しあわせになること」であり、

それは人格の完成や転迷開悟であり、

仏(ブッダ)になることです。



________________________________

【修行してみる】

○ 立腰

正坐がもっともよろしいですが、足が思うようでないなら椅子でもある程度の効果はあります。

お尻を思いっきり後ろに突き出し、

反対に腰骨を前へ突き出す

そして、下腹部に力を入れ、肩の力を抜きます。

手は定印を結ぶか、親指を握って膝の上に置きます。

集中力、持続力がつき、内臓の働きが良くなり、精神のバランスが調います。


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[ 2015/01/09 10:12 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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