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10、懺悔と誓願
どの宗教でも、祈りの始まりは懺悔です。

本来仏である自分なのに、神仏は自分の心の中におわしますのに、

普段の自分は何と恥多きことであるか、清らかに生きることの何と難しいことか。

まずは懺悔してから始まります。

多くの宗派で、お勤めの最初に唱えるのが『華厳経』(普賢行願品)にある
「懺悔文」(真言宗では「さんげもん」と読みます)


我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)[2]
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

和文にすると、

我れ昔より造る所のもろもろの悪業は
皆、無始の貪瞋癡(とんじんち)による、
身語意より生ずる所なり、
一切 我今、みな懺悔したてまつる



真言密教では覚鑁上人が著した『密厳院発露懺悔文』(みつごんいんほつろさんげもん)も唱えることが多い。

少し長いですが引きます。

「我等懺悔す 無始よりこのかた妄想にまとはれて衆罪を造る

身口意の業 常に顛倒して 誤って無量不善の業を犯す

珍財を慳悋して施を行ぜず

こころに任せて放逸にして戒を持せず

しばしば怒りを起して忍辱(にんにく)ならず

多く懈怠を生じて精進ならず

心意散乱して坐禅せず

実相に違背して慧を修せず

恒に是の如くの六度の行を退して 還って流転三途の業を作る

名を比丘に仮って伽藍を穢し

形を沙門に比して信施を受く

受くる所の戒品は忘れて持せず

学すべき律義は廃して好むこと無し

諸佛の厭悪したもう所を慚じず

菩薩の苦悩する所を畏れず

遊戯笑語して徒らに年を送り 諂誑詐欺(てんのうさぎ)して空しく日を過ぐ

善友に随がはずして癡人に親しみ

善根を勤めずして悪行を営む

利養を得んと欲して自徳を讃じ

名聞を欲して他愚を誹る

勝徳の者を見ては嫉妬をいだき

卑賤の人を見ては驕慢を生じ
 
富饒の所を聞いては希望を起し

貧乏の類を聞いては常に厭離す
 
ことさらに殺し誤って殺す有情の命

あらわに取り密かに盗る他人の財

触れても触れずしても非梵行を犯す

口四意三 たがいに相続し

佛を観念する時は攀縁(へんねん)を発し

経を読誦する時は文句をあやまる

若し善根を作せば有相に住し 還って輪廻生死の因と成る

行住坐臥 知ると知らざると犯す所の是の如くの無量の罪

今三宝に對して皆 発露し奉る

慈悲哀愍して消除せしめ賜え

ないし法界の諸の衆生 三業所作の此の如くの罪

我皆 相代って尽く懺悔し奉る

更に亦 その報いを受けしめざれ

             以上。


仏法は心を調え、清め澄ましめることを眼目としますが、そのためにはまず身の回りを調え、また身を調えることがで大切です。

そして、心からの祈りを願う人にとり、戒律は戒法は大切なことです。

その、戒律戒めのまえに懺悔が必要です。

謝らなければ何事も始まらない。


ただし、恩師・田中先生は、

「あまり懺悔を重んじていると、本性の広大清浄尊厳を限定するような結果になるおそれがある」(『田中千秋著作講話集』真言密教の観行について)

とも言っています。



大乗仏教においては、

仏道:悟りを目指すものは、その願いを成就させるという誓いを立てます。

 菩薩があらゆる存在を救う、願いと誓いを立て、その願いが叶うまでは自分が涅槃・悟りの静寂な世界には赴かない

というのが大乗の特徴です。

まず、悟りを求める心(菩提心)を発し、その次に誓願を立てますが、顕教と密教には少しの違いがあります。

顕教では「四弘誓願」(しぐせいがん)として

衆生は無辺なり誓願して度せん (すべての人を救うことを誓う)
煩悩は無尽なり誓願して断ぜん (すべての煩悩を断つことを誓う)
法門は無量なり誓願して学ばん (すべての教えを学ぶことを誓う)
仏道は無上なり誓願して証せん (仏道は無上だけれど、その道を成就することを誓う)

と唱えます。


密教では「五大願」を立てます。 

 衆生は無辺なり誓願して度せん (すべての人を救うことを誓う)
 福智は無辺なり誓願して集めん (すべての智慧を集めることを誓う)
 法門は無辺なり誓願して学ばん (すべての教えを学ぶことを誓う)
 如来は無辺なり誓願して仕えん (すべての仏に仕えることを誓う)
 菩提は無上なり誓願して証せん (悟りは無上だけれど、体得することを誓う)


顕経は、煩悩をひとつひとつ断じ尽して仏道成就しようする立場。

密教は、この世のものはすべて、煩悩でさえも存在の意義があり、みな福智の財産であり、

その煩悩を転換して、そのエネルギーを使って、悟りへと進む、という立場。

顕教は煩悩の現実に対して否定的であり、
密教は極めて肯定的

という特徴があります。



____________________________________

【修行してみる】

○礼拝行

懺悔文を唱えながら礼拝します。

最もていねいなのは五体投地。

1、直立して合掌

2、右ひざ、左ひざの順に折り、正座する

3、右ひじ、左ひじ、額の順に床につける

4、額、左ひじ、右ひじの順に本に戻し正座、合掌

5、左足、右足の順に伸ばして立ちあがる。

以上をワンセットにして、一礼一唱しながら、108回礼拝します。

毎日続け、1万回になるまで続けます。


五体投地ができない場合は、合掌して頭を垂れながら、懺悔文を唱え、1万回になるまで続けます。


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[ 2015/04/12 09:10 | Comments(0) | 眞天庵仏教塾・密教塾 ]

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