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探しているものを見つけたとき、

「あっ」

と言う。

何かを思い出した時にも、

「あ、そうそう」

と最初に「あ」と言う。


見えた時、聞いた時、嗅いだ時、触った時、食べた時

五感に刺激があると「あ」と言う。


マッサージや指圧をしてもらう時は、

「あぁ」とか「あーっ」と口から漏れる。


『大日経疏』七に

「阿字はこれ一切教法の本なり。およそ最初に口を開く音に、みな阿の声あり

もし阿を離るれば、すなわち一切の言説なし、故に衆声の母となす」

とある。


「あ」から総ての音が生まれる。「あ」が無ければ何も無い。

「あ」は諸法の根源ということになる。

これを宗教では真如と云う。

宇宙とも大日如来とも心と云っても同じこと。




僕を分解してみると、

骨や筋肉や血液があり、それをさらに分析すればさまざまな元素に分けられる。

それをもっともっと細かく見てみると、最終的には何が見つかるのでしょうか。

それが「あ」なんですね。

それ以上分割できない全体性。

心も同じ。

根源とか源底とか、そこを観る。

そこを観ることは自心を知ること。

「あ」の声を聞くように、一切を見ること。

自然のままにあるがごとくに存在していることが真如

ということなのですが、


先日、運転中に尿意をもよおし、

泣きそうになりながらも我慢して、ついにトイレを見つけて入った。

用を足した途端、僕の口から、

「あー、、、」という音声が出て、幸せな気持ちになった。



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[ 2017/04/05 11:07 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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