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となえてみよう 運気の上げかた1
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それら声を出すものと、

読経や念誦の違いはなんだろうか。


お経、真言陀羅尼などは、

口から口へと伝承されてきました。

伝えるために唱え、覚えました。

ですから、

多くのお経は、

「かくのごとく、我、聞けり」

という文で始まっています。

伝えるために唱えたのでしょう。

ですから

間違えていはいけない。

内容も理解したほうが、覚えやすく、伝えやすいでしょう。

なので、

正しく唱え、意味を理解して唱え、伝えることが功徳になります。



お経には、

修行の目的と修行方法が説かれています。

真言ダラニは呪文の一種ですが、

これらにも、修法の内容効果が説かれています。

つまり、教科書ですから、書かれていることを学び実習するものです。


『理趣経』の最初には、

「つねに教えに遇い 受持し読誦して忘念せず」

初段には、

「日日に必ずこれを読誦し、思惟し、修習すれば、

 この世において あらゆるものにとらわれぬ心の自在を得て、

 限りない楽しみと歓喜を得る

 ついには浄き汚れなき菩薩の功徳を得て、

 如来のさとりの位を得られる」

とあります。

まず唱える、そして考え勉強実習する、

そうすれば結果が得られる、ということ。

『理趣経法次第』にも、

「受持読誦の人は永く一切の悪趣を越え

  修習思惟すれば、速やかに万徳の善果を証す」

とあります。


唱えかたについては、

蓮体和尚の『真言開庫集』第九真言念誦の用心に、

まず身の回りをととのえ、身を調えてから、唱えるべき、

と書かれています。

盗みをしながら、ウソをつきながら唱えることができる

不浄な衣でもできる

でも、そうでない時よりも必ず濁り乱れる、と。


唱えることで心は浄化するのだけれど、

その前に身体(行い)を浄化することが、効能を増す、ということ。

これは、

普段の会話でも同じでしょう。


言葉、音声は総て仏の説法、

と云うのが密教の立場ですが、

唱えることは、仏語(フランス語ではない、仏の言葉)を唱えることであり、

それは秘密を開示します。



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[ 2018/11/13 09:55 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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