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ふたつの空
仏教にはふたつの空があります。

ひとつは、

存在を構成する要素である五大(地大・水大・火大・風大・空大)の空(大)。

あらゆるものが元素で作られているように、五大で作られている。

酸素、窒素、水素、炭素、リン、イオウ・・・。

骨、血液、筋肉・・。

むさぼり怒りねたみ疑い慢心

慈しみ優しさ忍耐冷静さ

僕らを構成しているものはたくさんあるけれど、それらをまとめているのが空大。

これは虚空ともいい、サンスクリット語・アーカーシャ(Ākāśa)の 訳。

この空は識大という悟りの心、僕ら自信の本来の心を表現するもの。

 虚空には塀も垣根も壁も仕切りも無い、ひろびろとしている

悟りの心とはそういうもの 

この空(虚空)は何から起きたかといえば、

もとからある。

仏や神が創ったものではない。

だから、

原因も縁も条件も無い。
 
僕もあなたも何もかも、よくよくその元をたどってみれば同じ。僕らは虚空と同じ。


仏は虚空のようである

悟りの智恵は虚空と同じ

心は虚空と等しい

などと使います。


もうひとつが

般若の空。サンスクリット語・シューニャター(śūnyatā)の訳。

色即是空の空。

一切は空である

あなたも僕も空である

苦しみも悲しみも喜びも空である

などのように使います。

 
この空は、ごくごく簡単に言うと関係性のこと。

あらゆる存在、僕もあなたもひとりではなく、相互に依存しあってしか存在していない、ということ。

自分が自分が、というのではなく、それぞれが無我であるということになります。

これは縁起とも無自性とも言う。

空であるからこそ、その時点で満足(執着)せず、より良いレベルの心へと、向上心が生まれます。


で、

その空は虚空のごとし

というのが密教の重要な立場です。これを観想することが、悟りへの道。

あなたも僕も、心もモノも、

ひとりぼっち独りよがりではなく、常に何か誰かと関係しているから存在できており、

それは広々として何の障害もない風通しのよいものである。


僕らの本来の心は、

空に境目や色眼鏡が無いように、

ありとあらゆる万象をつつみこんで、

いつもある、変わらない。


心は大空のように広々として無我の状態。

不安や迷いに染まらない。

広々として仕切りが無いから、慈悲に満ちているはず。 

『般若心経』の最後にある真言は、

その世界を説いています。



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※陰陽研究塾

「陰性なものの排毒」
https://groups.google.com/forum/?hl=ja#!topic/inyoukenkyu/qK8fIQupq-I


「 陰陽の比率を5:1としているのは正しいのだろうか」
https://groups.google.com/forum/?hl=ja#!topic/inyoukenkyu/bF7BxIjZIQA





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[ 2016/09/29 09:32 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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