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もっと簡単かもしれない
食事は、

旬のものを楽しく食べる

人間関係は、

元気で仲良く(先祖供養もこれがいちばん)

健康のためには、

早寝早起きして、エレベータより階段を。

より良い未来のためには、

希望をもつ。

こういうことを書くのは簡単だけれど、

毎日続けるのは難しいかもしれない。

けれど、

内容は簡単なことなのだから、

習慣にすれば、そうしないと気がすまないようになるかもしれない。



迷い(煩悩)とは、

自分と他を分別することだけれど、

これは歳を重ねると、多分に強くなる傾向がある。

それは、

どこの学校を出て、どんな仕事をして、というような、

過去に積み重ねたものが自分であるかのように思いがちで、

自分の歴史で、自分を限定するようなところがあるから。

でも、そんなことはない。

自分はもっともっと大きいものである。

可能性も未来もある。

特に、

悟り、仏になる可能性がある。

そういう心を持っている。

それはどんな心かといえば、

一心とか全体心と云う。


『御遺誡』には、

「一心の性は仏と異なることなし

 我心、仏心、衆生心の三差別なし

 この心に住すればすなわちこれ仏道を修す」  

とあり、

『秘鍵』には、

「一心はこれ本居なり」

と書かれている。


一心(全体心)は、自他の分別が無い心で、

その反対が個別心。

それは自分さえよければ良いというような、自分にとらわれる心だけれど、

それを拡げて、自他の区別がない一心(全体心)を回復する。

宇宙法界に広がる心、

自分だけではない全体を包む心、

にする。


栂尾先生の『真言宗読本』教義編には、

「我らと植物が酸素などの呼吸によってつながっているように

 われはもっと大きい

 自身は宇宙につながり、天地一切がこの身に集約されている」

とある。

つまり、大日如来とおなじである。

宇宙は大日であり、

われは大日であり、宇宙であるから。

そこに直入する方法が、三密行なのだけれど、

一切がみな仏と成りますように、

と願うことも、ひとつの方法。

ようは、

心を入れ替えることである。


目前の善悪に悩むのではなく

その根源にある大きな心を見る。

その大きさを知っていれば、

どんな困難があっても、乗り越えられる。



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[ 2018/09/28 10:39 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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