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続・なぜ、経を唱えるのか 
仙台に住んでいた5年間、

他派の住職にお世話になった。

檀家が多いので、葬儀の手伝いも頻繁であった。

その住職は、

俺たちは芸人さんや役者さんと同じだよ、

と云う。

葬儀という総合舞台には、

葬儀屋さんはじめ、花屋、仕出し屋、タクシー業者など大勢の人が関わっている。

その中で、

ある決まったスケジュールで坊主の出演時間があり、

そこで読経などの作法をする。

それでギャラをもらう。

なるほどなあ、

と思った。その通りである。


だから、

その時間の質が問題になる。

声は良く、音痴で無いほうがいいし、

衣装も豪華なほうが良いかもしれない。

話もじょうずなほうが断然いい。

でも、お経の意味や、正しい唱えかたは知らなくていい。

儀式の雰囲気にあえば、自己流でもいい。

お話も実話でなくていい。

 
つまり、

儀式は一種のパフォーマンスやショウなので、

それにあわせることが大切である。


このような考えなら、

経を唱えるのは、

噺家の落語、歌手の唄、芸人の技、役者の芝居と同じかもしれない。

下手くそではいけない、名人を目指さなければ。





 

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[ 2018/09/27 10:16 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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