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シンボル
お塔婆は立てたほうが良いのですか?

と時々聞かれますが、

どちらでも良いです。

僕は、

頼まれれば書いて開眼供養しますが、

こちらから催促することはありません。


お塔婆は卒塔婆(そとば)ともいいますが、そもそも何かというと、仏塔のこと。

仏塔にはストゥーパとチャイトヤのふたつがあり、

前者は仏舎利(お釈迦さんの遺骨)を納めたもの、後者には仏舎利を入れない。

でも、ずいぶん昔からこの区別が曖昧になり、今では同一のように使われています。

僕らが拝むお次第にも、チャイトヤのことをストゥーパ(卒塔婆)と書いてあります。

ストゥーパの音写語が卒塔婆、お塔婆。


で、

塔には五重塔や多宝塔などがありますが、それの略式形が木の卒塔婆。

墓石も塔ですから、お墓があるのなら改めて卒塔婆は要らないかもしれない。

仏舎利を収めた塔はお釈迦さまを供養するものですが、

それを立てることが広大の果を得る(『異部宗輸論 法蔵部』)と考える人たちと、

そんな形式的なことではなく、修行することが真の供養である(『異部宗輸論 制多山部』)

という立場の人がいます。

いずれにしても、

塔を立てることが仏法の護持であり大きな功徳になるとして、

その功徳を故人にめぐらすために、板の塔婆を立てる習慣が一般化しました。



密教では、

塔は大日如来のシンボルで、その内部はマンダラ世界を表す

という立場です。

大きな塔も卒塔婆も、

塔は大日如来であり、自分自身であり、一切衆生。 



大日如来は宇宙の中心で、宇宙そのものですが、

会社でいえば社長さん

重役には阿閦如来や阿弥陀如来

管理職には観音さまやお地蔵さん 

その他平社員、パート、アルバイト

働く人たちを支える家族や友人

みんなで協調して、調和しているのがマンダラ世界


また、

僕の身体でいえば、

僕の本質が大日如来

大脳が阿閦如来や阿弥陀如来

五臓六腑が観音さんやお地蔵さん

その他すべての細胞がいろいろな仏さま。

それらが調和して僕が成り立っているマンダラ。


マンダラとは、悟りの世界を全と個の関係で表現したもの。

僕と宇宙のハーモニー、ということかな。

 
塔の中には大日如来と諸尊がいて、マンダラ世界を象徴しています。もちろん僕もそこにいる。

僕の中にも塔があり、それがマンダラ世界。


つまり、

塔内は大日如来の内容であり、諸尊が集会している。 

それが現在の世界に映る宇宙の姿。

塔内は法界宮殿であり、大日のさとりを示すのが塔


『舎利礼文』には

如来発心の法界塔婆 根本の法のみほとけの性そのままの塔婆なり

とあり、

『真俗佛事編』には、

如法に開眼し、三密加持するとき、塔婆はすなわち大日になる

ひとたびみても悪趣を離れ、業障を滅する


お大師さんの『秘蔵記』には、

卒塔婆は大日如来であり、自性清浄心とも、真如とも仏性とも如来蔵とも法性とも観ずべき

とあります。


胎蔵マンダラの塔


金剛界マンダラの塔




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[ 2016/02/26 09:18 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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