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一割現象
カツラが欲しいのだけれど、どこで買えばいいかな。

と娘に聞いたら、

似合わないからやめなよ。帽子がいいよ。和服に茶人帽とか。

そうだねえ、そうしようかな。

でも、飛脚みたいな恰好はダメだよ。

そんな恰好はしないけれど、股引パッチが要らない季節になりました。


それはさておき、



兵頭二十六氏が自衛隊の中で発見したという一割現象。

あらゆる人間の集団は、とても優秀なのが一割、平凡な八割、どうしようもない一割に分けられる。そして、どうしようもない一割は集団の正常さの担保になっているという説。

どのような集団組織にも、この人たちのおかげで成り立っているというのが一割くらいの人数いる。

何でこんなヤツがいるんだ、というようなのも一割。

その他の八割はそのどちらでもない、余人をもって代えうる人間。


で、あちらこちらの優秀な人間をあつめて新しい集団を作っても、あら不思議。いつの間にか優秀なのと、ごく普通のヤツ、そして落ちこぼれに分かれる。

落ちこぼれ組だけを集めても同じことが起きる。

とにかく集団・組織とはそういうものである。


衆議院も参議員も、阪神タイガースもそうなのだろうな。

仏教界は確実にそうです。とんでもないことをして、とても宗教者とは思えないのが高野山にはいる。きっと全体の一割くらいなのだろうな。そのくらいでいて欲しい。

スポーツ選手がそこに通い続けると必ず成績が悪くなる、ケガもする、という南方の寺もあるけれど、それはまあいいか。



そして、感じているのは僕だけではないだろうけれど、「組織・集団」には真理や真実は通用しない、ということ。

集団の維持管理に、そして自分の利益のためには、そういうものは邪魔になることが多いのだ。高野山にも、そんな匂いがある。


それはそれとして、ストレス・不安・悩みの大きな原因のひとつが人間関係ですが、その集まりは決して美しいものでも正しいことばかりでもない、そのことこそが正常なのだと知れば、ちょっと安心できるかな。


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[ 2013/04/02 06:34 | 米ぞうの家 ]



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