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上下関係
大野俊覧先生の「東密の法身思想について」(『高野山大学論叢第5巻)を読んで、

プロティヌスの発出論と云うものを知りました。

それによると、

1、神が、

2、精神 理性
3、霊魂
4、自然
5、物質

を産出するらしい。

神は常住で自律した絶対者、

そこから下位のものが生まれる。

絶対、というのは論理的にも現実的にもありえないですから、

この神というのは、

経験が論理より上なのでしょう。


『十住心論』では、

食欲と性欲のみの心から、

他への施しをする心になり、

倫理道徳を知り、

善業を積んで天界へ生まれたいと願う宗教心が生まれ、

自我から無我の仏教へ、

さらに空や縁起を体得し、

宇宙大の智慧と慈悲を知る心まで、

次第に上昇する心が説かれています。

これは、

劣っている下位から、勝れた上位へ向かうとも云えますが、

平等に見れば、

総てが大日如来の現れ、真理の一面。


観法・瞑想でも、

雑念妄想(これがおそらく下位のもの)を排除する方法と、

雑念妄想があるまま、そこに真如を観じるものがあります。

今、そのもの、そのまま、の中に、仏を見る。


それが、

凡聖不二、我即法界、我即大日という密教の立場です。

地獄も極楽も何もかも、

法身・大日如来の顕現と考えます。


『秘蔵記』には、

日月と光明のように、
仏を離れずして衆生あり
衆生を離れずして仏あり
かくの如く融入して相離せず

とあります。



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[ 2019/06/08 09:24 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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