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不殺生 ~ お経本雑感 2

十善戒の最初にある不殺生。

なぜ殺してはいけないのか。

自分がそうされたくないからである。

そもそも、

ダメなものはダメなのであって、

そうでないと、仲良く楽しく元気に暮らせない。

さらに、

殺すという業(ごう)を作ってしまう。

業には必ず結果(報い)があり、

それはおそらく、悟りや幸せの障害になる。

蚊もハエもゴキブリも、

牛もブタも魚も野菜も、

殺せば、「殺した」という業を作る。

でも、

それをしないで生きてゆけないから、どうするかが問題になる。

懺悔するのが基本だけれど、それだけで良いのだろうか。

ひとつでも、

食べるためなどの理由で、

これは殺してもしょうがないのだ、としてしまえば、

次々に自己正当化が生じるから、注意しなくてはいけない。


『三昧耶戒序』には以下のようにある。

戒に二種あり。

ひとつは「ビナヤ」、調伏と訳す。

一切衆生を見ること己身のごとし

この故に敢えてその身命を害せず。

この慈悲の心によって、自然と不殺生などの不善を離れる

これがビナヤ。


もうひとつは「シーラ」、清涼寂静と訳す。

悪心を離れるがゆえに、

心中が清涼寂静になる。

これがシーラ。


同じように、

勉強修行して、より良い心を目指すことで、

自然と一切の悪をを離れ、善を修す。

だから、一切衆生の利益になる。


この、

一切衆生の利益になることが、

不殺生をはじめ、戒が存在する理由でしょう。

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[ 2019/04/13 05:46 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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