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修行論
十善戒というものがある。

1、殺さない(食べるためにはしょうがない、というものではない)
2、盗まない
3、性交しない(夫婦や恋人なら良い、というものではない)
4、嘘をつかない(ウソも方便は無い)
5、飾りごとを言わない
6、悪口を言わない
7、二枚舌を使わない
8、貪らない
9、怒らない
10、不邪見:事実ではなく噂話で判断しない

自分流に都合良く解釈せず、

これらを守ることが出来ない自分をどう思うか、

をよくよく考え、懺悔反省する。


それらの悪をなす煩悩の根本が三毒とされる。

1、貪り
2、怒り
3、無知 (真実とか本質を見ないこと)


以上を制御するための修行カリキュラムとして六度(六波羅蜜)がある。

1、布施 仲良くする
2、持戒 思いやり
3、忍辱 微笑む
4、精進 淡々と続ける
5、禅定 こころをまとめる
6、般若 向上心


十善戒のうち、

殺盗淫は持戒で、

口が災いとなるものは精進と禅定で、
 
邪見は智恵 で調う。

また、

三毒の貪りは布施で、

怒りは忍辱で、

無知は般若で治まる。

しかし、

これらは対処療法であり、

根本を退治するものではないから、毎回毎日それを続けなければならない。



お大師さんの『三業十條義』には、

「六度のうち、どれかひとつでも完全に実修すれば、他の五度は包含される」

とある。

六度を実践するべき、とお大師さんの書いたものには多くみられ、

「成仏には慈悲を根本とする福智二行が必要。

福は五度を行じる。
 
智は経典の研究、講讃、思惟」

と『理趣経開題』にもある。

しかし、

六度は一生の間、長い時間修行するもので、その先に悟りがあるのかどうかはわからない。

密教は、

今すぐに悟る即身成仏の立場である。

三密行という密教の修法により忽ちに悟る、

という文章も、お大師さんの書いたものには多くある。

三密行は、

仏の身体、言葉、心を、

自分のそれらと相応させるもので、

いくつかのカリキュラムがある。



那須政隆博士の『弘法大師の修行論』には、

六度は法性自爾、誰しもその自性の内に具有している。

自性開悟の時には、六度の功徳が自然に現れる。

とある。


お大師さんの『ばざらだらま(原文は梵字)記』に、

「本来六度等を具足して一生の中にして満徳円満するなり」

とあるように。


つまり、

六度は元々僕らの心の源底にあるものだから

実の如く自心を知る、

という三密の修行の果で自然に身につく。

そして、

本不生(存在の理由)を理解し、

三摩地(自分以外と自分の交流相応)の妙境を味わえば、
 
現実すべてにおいて、真実性を発見する。


そこでは、

十善戒は保たれ、

三毒は消える。



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[ 2018/05/20 16:15 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]

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